中国武術雑記帳 by zigzagmax

当世中国武術事情、中国武術史、体育史やその周辺に関する極私的備忘録・妄想と頭の体操 。頭の体操なので、たまたま立ち寄られた方は決して鵜呑みにしないこと(これ、肝要)※2015年2月、はてなダイアリーより移行

『ジャック・イジドアの告白』、『グレートウォール』、『桃源郷』など

ブレードランナー2049』の公開にあわせて、2017年の暮れに、フィリップ・K・ディックの小説がいくつか新たに出版されていたらしく、地元の図書館の蔵書がいつのまにか増えていた。『ジャック・イジドアの告白』もそのひとつ。(『戦争が終わり、世界の終わりが始まった』の書名で1985年に邦訳されていたものの新訳。)

 

この本に出てくる、主人公のジャック・イジドアが加入するUFO教団は、世界の終わりが近づいていると信じており、他の惑星にいる、進化した御霊からのメッセージを受けとめることができる教団員だけが世界の滅亡から救われると信じている。訳者解説を読むと、この教団にはモデルになったキリスト教系カルト団体があるらしいことがわかるけれど、作中では、教団本部や教主を故意に中国的な装飾で覆うことで、実在するモデルとの繋がりを隠しているようにも感じられた。中国的装いのせいで、自分のなかで、似たような終末論・救済論をかかげている(もちろん、UFOだとかほかの惑星云々は出てこない)白蓮教的なイメージと繋がったのが面白かった。

中国武術とは何の関係もないものの、この中国的イメージについて記録しておきたかったので、今回はちょっと脱線してメモ。

 

この作品、ディックの作品の中では生前出版されていた唯一の非SF作品ということで、ファンのなかでも評価はさまざまのよう。自分も、うん十年前に大学生だった頃からディックファンのつもりだけれど、数年前に地元の図書館に旧訳があるのを見つけるまで読んでいなかった。それでも、一度読んでみれば、このUFO教団の設定からして、『ヴァリス』や『ティモシーアーチャーの転生』に連なる貴重な作品であることに気付かされる。『ヴァリス』三部作の新訳や今回の本作の解説などでも、そのことについて触れられていないのはちょっと不思議。 

 

(注)

ジャック・イジドアにはディック自身の体験が投影されている。その名前は、セビリアのイシドールスから来ている。ウィキの記述からはあまり想像しにくいけれど、ディックはこのイシドールスを「草創期の百科事典を編んでいながら、ろくでもない雑学ネタを蒐集した」人物と表現している(P.396の補注2)。

 

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ちなみに、人間がさまざまな欲望の虜になり、末世が訪れて人類が滅びるときに、信者を救うために現れるのが弥勒信仰や無生老母信仰であるとして(かなり単純化している)、さまざまな欲望に囚われた人間(正確には、その代表である皇帝)を滅ぼすための天罰として、饕餮というモンスターが地上に遣わされるようになった、というのが、マット・デイモン主演の怪作『グレートウォール』の世界だった。饕餮は60年に一度出現する、ということで、どうやら完全に世界を滅ぼすわけではなさそうなのは、なんだか設定としては中途半端な気がするのと、作中の登場人物たちは、饕餮出現の理由となった皇帝の貪欲さについては疑問を呈することなく、捨身の作戦で皇帝を守ろうとするのだけれど、その価値観にはちょっと違和感を感じた。

 

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弥勒信仰や無生老母信の終末観は、白蓮教系のさまざまな宗教に受け継がれているよう。

無生老母 - Wikipedia

 

明の建国と、国号にもそうした価値観が反映されているという説もある。

zigzagmax.hatenablog.com

 

以下は、三田村泰助『宦官 側近政治の構造』(中公文庫版)からのメモ。

 天理教というのは宗教的秘密結社である白蓮教の一分派をさす。白蓮教は弥勒仏の信仰をもとにこの世の手なおしをはかるという革命的宗教で、一般庶民に多くの信徒をもっていた。これが仁宗の初年に十年にわたって華北、華中をさわがす大乱をおこした。この乱が鎮定されたのち、分派である天理教徒が、今度は河南北部の滑県と都の北京との二ヵ所で同時蜂起を企てたのであった。このうち北京蜂起の教徒七十人は、農民に変装し、宦官七人の手引きによって紫禁城の東華門、西華門をのりこえ、不敵にも内廷ふかくまですすんだのである。当時第二王子であった道光帝はみずから鉄砲をとって応戦したが、このとき賊に内通していた宦官はわざと空弾の鉄砲を帝にわたしたといわれる。  

 なぜ宦官がこの乱に加担したかというと、当時の宦官は多く河北省の河間地方出身であり、その地には天理教の信者が多かった。そこで天理教徒は河間出身の宦官に働きかけ、その宮廷内部に信者をひろめていたものと思われる。これは宦官がもたらす弊害というよりは、いわば偶発的な事件とみられないこともないが、ことがことだけに、当時の人心に大きなショックを与えた事実は見のがせない。PP219-220

 

 義和団は白蓮教の流れをくむ秘密結社を中核とするもので、彼らは扶清滅洋、すなわち清朝をたすけて西洋をほろぼすというスローガンをかかげ、貧苦にあえぐ農民、失業者を煽動し、山東から河北にかけてさかんに排外運動を展開した。一方保守排外の西太后政権も陰でこれをたすけたとされている。橋川博士は、李蓮英らの宦官たちがこの義和団の一味とつながりのあったことを指摘しているが、さきの天理教の乱に河間出身の宦官たちの手引きがあったことをあわせ考えると、清末の反乱の一面に宦官が意外にふかく関係していたことが知られる。PP221-222 

 

陳元贇を主人公にした陳舜臣の初期の小説『珊瑚の枕』にでてくる隠れマニたちは、理想郷を日本で作ろうとしていた。その陳舜臣の最後の小説『桃源源』も隠れマニたちの理想郷実現がテーマだったけれど、隠れマニとして描かれるのは、遼の耶律大石、アラムートのハサン・サッバーフ、セルジューク帝国のウマル・ハイヤームなどで、水滸伝に出てくる方臘も実はマニ(「喫菜事魔」。『珊瑚の枕』でも「食菜事魔」という呼び方で出てくる)であったという設定だった。

『桃源源』では、真の信仰集団を作るにはある程度の軍事力が必要であるとされ、その中核となることが期待される耶律大石の軍隊の一部として、宋江のグループが出てくる。宋江の部隊が方臘軍鎮圧に動員されたのは宋江の策略で、同じマニとして、追い詰められつつあった方臘包囲の前線に身を置くことによって、方臘に逃げ道を用意する計画であったのだが、宋軍の進撃が速すぎて間に合わず、方臘救出作戦は失敗に終わったのだという。もう、なんでもマニだけれど、陳舜臣にとっては、関心の深いテーマだったことがわかる。

 

武侠小説マニ教といえば『倚天屠龍記』の明教か。ちゃんと読んでないので、今度読んでみよう。

 

ひさしぶりに妄想爆発な感じの頭の体操になった。

重箱の隅をつつくような歴史の話よりもこういう空想のほうが楽しい。 

目印なるように、「妄想系」のタグを追加(笑) 

本来、このブログはぜんぶ頭の体操・妄想のはずだけど、まあいいや。

 

 

 

 

 

 

 

フィリップ・K・ディックで一番好きなのはこれ。

 

宦官―側近政治の構造 (中公文庫BIBLIO)

宦官―側近政治の構造 (中公文庫BIBLIO)

 

 

桃源郷〈上〉 (集英社文庫)

桃源郷〈上〉 (集英社文庫)

 

 

桃源郷〈下〉 (集英社文庫)

桃源郷〈下〉 (集英社文庫)

 

 

zigzagmax.hatenablog.com