中国武術雑記帳 by zigzagmax

当世中国武術事情、中国武術史、体育史やその周辺に関する極私的備忘録・妄想と頭の体操 ※2015年2月、はてなダイアリーより移行

清朝末期~中華民国の武術

『中国伝道四五年 ティモシー・リチャード回想録』

たまたま地元の図書館で手に取った本。 en.wikipedia.org 以下は、飢餓救済のためにリチャードが山西にいたころの出来事。 ある日、儒教の書院の院長が私のところにやって来て、「われわれの古典のなかには、体の組織の破壊を食い止め、結果として動物の冬眠…

幻の?中央国術館東北分館など

1948年の8月と9月に、上海で中央国術館が東北分館設立の資金集めのために表演大会を開催していて、告知記事や記者発表の様子、実際の活動の様子いくつかが短い記事になっている。具体的には以下のとおり。 東南日報8月10日の記事は開催趣旨が明確。開催はも…

R.F.ジョンストン『紫禁城の黄昏』など

約1年前に入手した『完訳版 紫禁城の黄昏』、買ってすぐに読まずにいるうちに、関心が別の問題に移ってしまい、しばらく置いておいたままにしていたのをようやく読み終えた。 直接的には武術と関係ない本なので、武術について言及されている箇所もあまりな…

渋川玄耳『岱嶗雑記』など

明治のジャーナリスト・渋川玄耳の『岱嶗雑記』には、馬良の中華新武術について触れた個所がある。馬良は確かに書家としても有名だけれど、「妙な風の字を自慢に書く」と評しているのが面白い。 ※以下の引用はすべて現代表記に適宜改めた。 済南鎮守使馬良は…

丁汝昌提督の死・・・からの頭の体操

張作霖の軍事顧問を務めた町野武馬の父・町野主水を主人公にした小説『その名は町野主水』を地元の図書館で借りたついでに、同じ著者の『侍たちの海─小説 伊東祐亨』を読んでみた。 北洋艦隊の丁汝昌提督への降伏勧告と、丁提督の自決のエピソードは、なかな…

満州国建国十周年慶祝東亜競技大会(1942)の国術代表団

1940年の東亜競技大会(東京開催)には国術代表団がいたことがわかっていたけれど、それに続く1942年の東亜運動大会(満洲国 新京開催)に国術代表団がいたことは知らなかった。 『新申報』1942年6月21日付の記事と代表団の名前を以下に記しておく。別の競技…

全国国術考試挙行状況報告の件(昭和3年10月24日)

「国術」とか「国考」というキーワードで検索しても出てこないので見落としていたけれど、アジア歴史資料センターのデータベースの中に、昭和3年10月24日付で、南京の岡本一策領事から、田中義一外務大臣宛に、国術国考の実施を伝える公電というのがあ…

山左聊城鈺山馬永勝とその周辺 老衆成鏢局、南強武術会、呉県国術館など

以前にメモしたけれど、中央国術館の張館長(このときはまだ「館長」という肩書はないので、「理事」と呼ぶべきか)は、国術館(研究館)の設立後まもない1928年の6月に西北軍以来の随員や、王子平らを引き連れて蘇州青年会の招きで蘇州を訪れ講演と演武を行…

ベルリンオリンピックの国術代表団(代表選考その他)

ベルリンオリンピック(1936)の国術代表団の選抜過程について、その後新たにわかったこと。 いろいろ脱線したり、詰込みすぎの感もあるけれど、そもそもが備忘録、雑記帳なので気にしないでおく。 1934年の10月には、早くも選考基準らしきものが発表されて…

Hoji Shinbun Digital Collection、北京警務学堂の柔術教習など

最近さかんに参照している、華字新聞データベースは、発行地域に限りがあったり、メジャーな新聞が入っていなかったりという限界はあるけれど、もはやこの時代のことを語るのに、裏を取る意味でも参照しないことはありえないほど貴重な情報源になっている。 …

青島紡績会社の罷業事件 海軍陸戦隊の上陸と国術館閉鎖要求(1936.12)

1936年11月、上海で起きたストライキが青島の日系紡績工場に波及し、背後でデモ隊を使嗾している者(上海からの運動員の潜入も)がいると日本側が疑いをかけるなか、市政府側の対応の遅さに業を煮やした日本軍が「邦人保護」を理由に海軍陸戦隊を上陸させ、…

馬良「振災武術団」(1922)など

アジア歴史資料センターの公文書より寺西秀武「青島に於ける張樹元と馬良」(大正十年五月二十六日付の、「九江ヨリ南京ニ下航中(第一報)」の一部) 「小生去ル四月二日青島二着シ張樹元ト同宿シ四回張馬両人ト密談ヲ交ヘタリ 右両者ハ表面何等野心無キカ…

藝術家唐越石

この前、唐豪の1910年代後半から1920年代前半の活動(理由はおおよそ想像がついたけれど、書籍等ではほとんど紹介されていない)について調べていて気が付いたのだけれど、唐豪には唐越石という名前の弟がいたらしい。 北京の国立美術専門学校の優秀な学生(…

関清拙『達磨の足跡 : 禅僧の支那行脚』、上海における中華新武術 など

笠尾恭二『中国武術史大観』(復刻版が出たけれど手元にあるのは旧版のみ)をぱらぱらと見直していたら、馬良の中華新武術について紹介した箇所で、1918年の5月に日本の禅僧・関清拙が済南の馬良邸を訪問しており、そこで中華新武術を含む各種の武術の演武を…

張之江の元随員たち 中央国術館の成立前後2

1927年12月14日の民国日報に、張之江が国民政府委員に任命されたときに、彼にしたがって、彼の「河南勦匪総司令部の随員」は一律国民職員に編入するとして、以下の人々の所属と肩書が紹介されている。 秘書長 孫玉誠 国府秘書 上校参謀 駱斌 国府一等候差員 …

中央国術館の設立前後(当時の新聞報道から)

「Late Qing and Republican-Era Chinese Newspapers」で、中央国術館の成立前後から、第一回国術国考あたりまでの動きについて調べてみた。 新聞報道を時系列で眺めてみると、いろいろな発見がわかり、『中央国術館史』の記述もかなりアテにならないことが…

中士乙等留学生 葉雲表(1915)

先日見つけた華字新聞のデータベースから、中華武士会会長を退いたあとの葉雲表の動向について、いくつか興味深いことがわかった。まずは、どうやら二度目(三度目?)の日本留学を目指していたらしいこと。 専攻分野としては一回目の留学と同様に「商科」を…

華字新聞データベース「Late Qing and Republican-Era Chinese Newspapers」

華字新聞のかなり充実したデータベースを見つけた。 gpa.eastview.com 年代がやや限られるのが惜しいけれど、使い方によってかなりの情報を引き出すことができそうな気がする。 手探りでメモしてきたベルリンオリンピックの国術代表団についても、選考過程が…

「山口高等商業学校清国留学生二関スル件」など 中華武士会とその周辺の日本関係者2 葉雲表

天津中華武士会の初代会長、葉雲表については、よくわからないことが多い。 具体的には特に、 1.なぜ、彼が会長に選ばれたのか。 2.会長就任が設立後数日でしかないのはなぜか。 3.中華武士会会長就任前後、どこでなにをしていたのか。 といった点に特に興味…

佐倉孫三「拳闘」(『臺風雜記』(1903)所収)など

佐倉孫三は二松学舎の三島中洲の門人。警察関係のキャリアを積みつつ、言論家としても活動していた。台湾に二回(1895~1898、1912~1915)、福建(1904~1910)に一回赴任しており(注1)、『臺風雜記』は1895年~1898年の最初の台湾駐在中の見聞を漢文で記…

「洮南県下に於ける侠義者(侠客)調」 大正四年六月末

アジア歴史資料センターのデータベースから、本当に偶然見つけた、マル秘と印の押された史料。洮南(清朝時代は洮南府、中華民国では洮南県、現在は白城市の県級市(注)。 〇「洮南県下に於ける侠義者(侠客)調」 出典:「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref…

多賀宗之「支那の武技」(『赤裸の支那』(1932)所収)

たまたま発見した史料。 多賀宗之は1902年から1908年まで8年にわたって保定軍官学校の教官を務め、清朝滅亡後は川島浪速らの満蒙独立運動にかかわるが、当初、この動きを黙認していた政府の方針が一転すると、「蒙古挙兵計画は、実際には参謀本部・外務省な…

武田熙「支那郷村建設運動の実際」 郷村建設と武術2

調べたいことがあって地元の図書館で国会図書館の資料を見ていて、時間があまったので、なんとなく「武田熙」というキーワードを入れてみたら、いくつか見たことのない資料がヒットした。 なかでも、雑誌『新天地』の昭和15年11月、12月号の二回にわたって掲…

『秘密社会と国家』(神奈川大学人文学研究叢書)

中古本をアマゾンで300円足らずで購入。 秘密社会と国家 (神奈川大学人文学研究叢書) 作者:小林 一美,馬場 毅,大里 浩秋,孫 江,並木 頼寿 出版社/メーカー: 勁草書房 発売日: 1995/04 メディア: 単行本 8名の論者の論文(うち5つは中国に関するもの)と、冒…

「東方大力士」査瑞龍など

日中戦争時、中国人向けの映画製作を軍部から依頼された川喜多長政が、自分は配給に徹し、製作のパートナーとして選んだのが、新進の新華影業公司をたちあげていた張善琨。百度百科の紹介によると、タバコ会社で広報の経験もあり、黄金栄を通して青幇にも加…

張仲忱 岩井茂樹訳・注『最後の宦官 小徳張』など

前回のメモに引き続き、時代的には孫耀庭より一世代前の宦官・小徳張こと張祥斎についての本から。 張祥斎も、前回メモした孫耀庭のように、宮廷で芝居の訓練をしており、慈禧太后(西太后)の芝居好きによってその眼にとまり、出世の足掛かりを得る。 張祥…

賈英華著 林芳訳『最後の宦官秘聞』

満州国でも溥儀に仕えた宦官の孫耀庭に作家の賈英華が取材してまとめた本。 孫耀庭については、これとは別に、凌海成による伝記小説もあるけれど、こちらは入手したのみで未読。伝記小説によくあることだけれど、かなり脚色して膨らまされている印象がする。…

佐藤忠男『キネマと砲聲 日中映画前史』

以前にメモした、川喜多大治郎大尉がスパイ容疑で射殺された事件について興味をもって調べているうちに辿りついた本。川喜多大尉の事件については、石川忠雄の論文によりながら、冒頭に一章を割いて触れられていた。 それ自体についてはとくに新しい情報は得…

愛新覚羅・溥儀『わが半生』

先日、大同公園事件について調べたくて図書館で借りてきた溥儀の『わが半生』、同事件以外にも霍氏一門についての記述がないか、など気になったので、頭から読んでみた。 ただ、文庫版は上下二巻ながら小さめのフォントがびっしりで、紫禁城内の平面図なども…

満映の武術関係者

前回のメモの最後のほうに、満州国の宮内府警衛処長の人事に関して、関東軍が長尾吉五郎を推した際、溥儀が甘粕正彦を挙げたことをメモした。 甘粕はその後、1939年に満州映画協会(満映)の理事長になるのはよく知られているとおり。その満映に関しては、以…