中国武術雑記帳 by zigzagmax

当世中国武術事情、中国武術史、体育史やその周辺に関する極私的備忘録・妄想と頭の体操 。頭の体操なので、たまたま立ち寄られた方は決して鵜呑みにしないこと(これ、肝要)※2015年2月、はてなダイアリーより移行

内家とか外家とか

武術の「常識」といわれていることも、いろいろ遡って考えると、実はよくわからないことも多い。

中国武術内家拳外家拳に大別されるという考え方も、その一つのような気がする。

以下の動画は、そもそもどういう目的で作られたものか、よくわからないけれど(注1)、その点について徐紀が語っていて興味深かった。

 

多少自分のことばを交えつつ、ポイントをメモしておくと以下のとおり。

 

中国武術内家拳外家拳に大別されるという考え方は、現在広く受け入れられているが、みな我こそは内家拳であると主張したがるのは不思議なことである(←この点、まったく同感)。

・実際のところ、内家拳外家拳というのは、門派を表すものではなく、学習の段階を示すものである。中国武術のあらゆる流派は内外兼修であり、(内功を重視しないという意味での)「外家拳」という分類はそもそも成立しない。

・歴史上、明代末期に「内家拳」を名乗る流派が現れているが、その後清代300年を通して、内家拳が流行したということではない。少なくとも、清朝の歴史の中で、内家拳によって訓練された部隊など現れてはいない。

・現在の内家拳は、むしろ軍事武術が火器によって淘汰された後に、一部の武術家によって、提唱されはじめたものである(注2)。

・特に、形意、八卦、太極の三拳が内家三拳といわれるようになったが、そのような言い方は以前にはなく、近代武術史上、ひいては現代武術史上の新発明といえる。

・武術は内外兼修の効能をもっていたおかげで、戦争で使われなくなってからも淘汰されることなく、世界の人々の役にたっている。とはいえ、このことは、本来の武術の厳格な訓練を軽視してよいということではない。鍛錬を軽視して、(体を動かして)気持ちよければよい、ということにしてしまうと、健康も手に入れることができないだろう。

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蔡龍雲も八十年代に雑誌に「武術の内家と外家を論じる(論武術的「内家」与「外家」)」という文章を発表していて、内家拳外家拳説の論点を「以静待動・後発制人⇔主於搏人・先発制人」、「以柔克剛・主柔⇔主剛」、「内功重視⇔表面的身体要素の鍛錬」の三つにしぼりつつ、外家拳の中にも「後発制人」の技は含まれていることや、そもそも「外家拳」の代表とされる少林拳からして、練気調息の禅の工夫と不可分の関係にあることを挙げ、ひとつひとつそれらの見方は一面的であることを指摘している(注3)。

よく考えてみると、相手の出方にかかわらず「硬打硬進」を旨とする形意拳が「後発制人」を旨とするはずの内家拳の代表と見なされていることからして、不思議なことではある。

 

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そういう批判もあってか、「外家」とは、単純に、少林武術の担い手が、出家して家の外にいる僧侶たちであったことを示すのに対して、道教では出家しないから「内家」というのであって、それ以上でもそれ以下でもない、という説明も聞いたことがある。なるほどとは思うけれど、じゃあイスラム教徒である回族の武術はどうなるのか?とか、まだまだ疑問は残る。

 

このあたり、于志鈞のように、「内家拳」というのは、特定の流派や拳架を指すものではなく、「後発制人」や柔の要素を重視するなどの思想をとりれた流派が「内家拳」化するのだという捉えかたも参考になるし(『中国伝統武術史』、『太極拳史』)、明清の武術と宗教の関係、近代以降の武侠小説の影響なども考えあわせないと、なぜ内家拳という考え方が流行したのか、そのあたりのことはわからないような気がする。

 

このテーマに関連して思い出したのは、站椿とか立禅といえば、なんとなく内家拳的な気がするけれど、楊式太極拳の李雅軒は、それは少林の鍛錬法であって、太極拳のものではないと言っていたらしい。張義尚『武功薪伝』(注4)「楊式太極拳練法詳解<整理後記>」からの引用。

 

楊式太極拳的基礎鍛錬、就是盤架子。有的書上説入手要站椿、那実際上也不是楊式的正宗伝授。因站椿是少林的東西、目的在使歩穏固、是死的呆板的法門。太極門強然也要歩法穏固、但它是動中去求、従不主張立地生根的固定站椿方法。如果以立地生根不動為能、那就必定犯硬頂的毛病、那太極拳最忌的。・・・ (P.79)

 

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とはいえ、あまりにも大きなお題・テーマなので、頭の片隅におきながら、少しずつ考えていこう。

 

(注1)

動画のタイトルに含まれるDebate という語や、冒頭の「第一戦 論戦」というテロップから、徐氏がディベートの前提になる「お題」を提供しているようにも見えるし、あるいは徐氏がディベートの一方の立場を代表していて、その場面だけを取り出したもののようにも思える。

(注2)

形意拳八卦掌太極拳を柔派拳法いわゆる「内家拳」もしくは「武当門」の三大門派とする分類法は、孫禄堂らによってこの時代に定着した新しい拳法観であった。」笠尾恭二『中国武術史大観』P.602)

 (注3)

人民体育出版社『琴剣楼武術文集』所収 初出は1984年10月の雑誌「武魂」第二期

(注4)『武功薪伝』は社会科学文献出版社から2012年に出版。まだ通読できていないけれど、重慶の地方拳種「金家功夫」は、心意六合拳が西南地方に伝わったものであるという考えが示されていたりして、興味深い論考が多い。ちょっと大判で持ち運びが不便で、出勤途中の電車の中で読めないのが、なかなか通読に至らない原因。

 

2017.10.1

注2として笠尾恭二『中国武術史大観』からの引用を追加