富坂聰『中国を毒にするも薬にするも日本次第』
中国武術の本ではないけれど、アマゾンのおすすめのリストに出てきて、レビューの評価もよかったので読んでみた。バランスのとれたよい本だと思う。
日本人は早く「中国ストレス」に慣れ、中国が国内問題に足を救われて没落することが日本の再浮上につながるという根拠のない期待を捨て、「好き・嫌い」、「舐められるな」、「妥協するな」といった感情論に惑わされることない付き合いかたを考えるべき、という考え方には共感するところ大。
このブログの観点から面白かった点を一点メモしておく。
それは、天安門事件の数年後(ということは90年代半ば?)、富坂氏が中国の反体制作家・王力雄氏をインタビューしたときのこと。中国で普通選挙を実施すべきかという富坂氏の問いに対して、王氏は意外にも「ノー」と答え、その理由を「いまもし中国で普通選挙をやったとしよう。そうしたらこの国の代表(議員)は、ほとんどが気功師になるだろうからね」と説明した。
ここで言う気功師について、「気功師は、日本では健康体操の先生といったイメージが強いが、中国では、主に占い師や奇術師と同義語で、宗教的色彩も強い存在だ。最もぴったりのイメージは、日本における新興宗教の教祖といったところ」と説明されている(P.189)。
そして、富坂氏は実際に王氏の案内で北京の気功師を何名か訪ねるのだけれど、二人が訪れた「気功師」たちは、集合住宅の地下の一室を儀式用の部屋として使っていて、熱心な信者に囲まれ、仕事から子育てまでさまざまな相談に応じている。
そのなかの一つに通っていた中年の女性は、一日中エレベータを操作して上がったり下がったりする仕事に就いていたが、仕事の間中、気功師の言葉を録音したテープを聞くようになって、「偏頭痛がなくなった」と喜んでいた。だが次に訪ねたときには「絶食を勧められ、やってみるともっと体調がよくなった」と語り、そのときから一ヵ月後には仕事場にも顔を出さなくなり、最終的には衰弱して亡くなったと人伝てに聞かされた。
ただ、当時の中国ではこうした話は決して珍しくもなかったのだ。新聞の社会面に載ったニュースで忘れられないのは、持病に苦しむ母の問題で新興宗教の教祖に相談した息子が、「弟を殺さない限り母は良くならない」と教えられ、実際に弟を殺してしまったというものだ(P.190-191)
これは、いちおう中国社会が「訒小平の南巡講話から経済優先に大きく舵を切り、社会に負け組みを生み始めたのと期を一にして広がった新興宗教ブームが、「法輪功」(注)事件で当局に徹底的に弾圧されるまでの間」のエピソードとして説明されているのだけれど、そのときと比べて気功師の社会的位置づけがどれだけ変わったのかはよくわからない。ただ、勝ち組と負け組みの差はますます開いているし、医療保険に入れない人々の問題が社会的にもクローズアップされている中で、多くの人々が怪しげな民間宗教や「気功師」に救いを求めていたとしてもおかしくはない。
(注)この本では「法輪功」そのものが危険なカルト集団であるのか、単なる敬虔な信奉者の集まりであるかについての判断は保留されている。自分もそのあたりは判断する知識がないので保留することにしたい。
中国を毒にするも薬にするも日本次第-幼稚な反中感情を排した中国論
- 作者: 富坂聡
- 出版社/メーカー: 飛鳥新社
- 発売日: 2012/04/03
- メディア: 新書
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