中国武術雑記帳 by zigzagmax

当世中国武術事情、中国武術史、体育史やその周辺に関する極私的備忘録・妄想と頭の体操 。頭の体操なので、たまたま立ち寄られた方は決して鵜呑みにしないこと(これ、肝要)※2015年2月、はてなダイアリーより移行

稠禅師の武功など

稠禅師は、唐豪以来、初期の少林武僧と紹介されているけれど、その論拠として『太平広記』に、『紀文』(未確認)と『朝野僉載』を引いて、稠禅師が「引重千鈞、拳捷驍武」だと記されていることを挙げている(注1)。

 

他方、笠尾恭二『中国武術史大観』は、『続高僧伝』の僧稠伝を挙げつつ、僧稠は「禅をきわめた人らしく豪胆な僧」で「逸話の多い禅僧である」が、「武術に関連した話はない」と記している。出家時期も、『朝野僉載』では「幼くして落髪し僧となる」とされているのに対して、『続高僧伝』では28歳と記しており、かなりの違いがあるという(注2)。

 

便利な時代になったもので、『続高僧伝』も、『太平広記』や『朝野僉載』も、インターネット上で、デジタル化された原典を見ることができる。

 

〇『続高僧伝』の関連ページ。

tripitaka.cbeta.org

 

〇『太平広記』

ctext.org

 

 〇『朝野僉載』

www.kanripo.org

 

〇これも『朝野僉載』

ctext.org

  

『朝野僉載』は盛唐の詩人・張鷟の撰による説話集だけれど、現在伝わるものは、すべて「元・明以降の編集になるものと思われるものばかり」で、かつ張鷟は『幽仙窟』の著者でもあるせいか、中国の史家の間では小説の類と認識されてきたようだ(注3)。

そう考えると、 『続高僧伝』には触れずに、『太平広記』/『朝野僉載』をもとに論をたてているのは、やや唐豪らしくないような気がする。

また、現在の嵩山少林寺の公式サイトに出ている稠禅師(僧稠)の人物紹介などは、両者の記述を、都合のよいところだけつなぎ合わせていることがよくわかり、いかがなものかと思う。

 

僧稠(480~560),昌黎人,俗姓孙。先在巨鹿景明寺出家,拜治实为师,后到少林寺拜跋陀为师。僧稠少时体质较弱,后发愤习武,练得拳捷骁勇,体轻身灵。他理解极快,学佛成绩卓著,被跋陀赞为“葱岭以东,禅学之最!”他后来在嵩岳寺讲经说法,影响很大。跋陀之后,僧稠曾继之主持少林寺。北齐天保三年(552年),文宣帝在邺城(今安阳西)为之造云门寺,让其传法,他在那里著《止观法》两卷。僧稠于北齐乾明元年(560年)圆寂。

僧稠 - Shaolin

 

 

ちなみに、『朝野僉載』で、稠禅師が金剛力を身につけるくだりを読んでみると(といっても、貧しい読解力で斜め読みしただけ)、幼くして出家した当初、休暇のたびに同僚と力比べをしても虚弱なゆえに負けてばかりで馬鹿にされていた稠禅師、金剛像の足元にすがりつきながら、七日間一生懸命祈るからなんとかしてくれ、なんとかしてくれなかったら死んでやると、半ば泣き落としの脅迫めいた形で祈ったところ、六日目に、鉢いっぱいに「筋」を持った金剛が現れ、「力がほしいのか」というので「はい」と答えると、これを食えという。出家しているから食えないと最初は拒んだものの、金剛杵でおどかされ、仕方なくこれを食べた結果、尋常ならざる力が身についた、…ということで、その功夫は「力比べに負けるのを恥しく思って身体鍛錬に励んだ」(笠尾恭二前掲書)のではなく、金剛様(まだ緊那羅信仰が成立する前のことだから、那羅延金剛を指すのだろう)から与えられたものだった。このことは、『朝野僉載』が書かれた頃、少林寺においてはまだ身体鍛錬によって金剛力を身につけるという伝統がなかった、ということを示すものだろうか。

 

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余談ながら、『日本霊異記』には、ある経典に、「餅を作りて三宝を供養する人は金剛那羅延の力を得」られると書いている箇所があるけれど、これなども、金剛力を得るのと、肉体的な鍛練とが結びついていないことが『朝野僉載』の稠禅師のエピソードと似ている気がして面白い。

ちなみに、ある経典とは、阿毘達磨倶舎論ではないか、と書いているものもあり、同経典も、国会図書館のデジタルコレクションで見ることができる。難しすぎて読みこめないけれど、あまり気にしないでおく。

dl.ndl.go.jp

 

なお、稠禅師の武功についての話は小説ではないかと思われるけれど、『続高僧伝』にも記載の、禅の工夫についての論文もいくつかあるよう。これも難しすぎてよく理解できないけれど、とりあえず、中国語のものと日本語のものを一つずつ、参考までにリンクしておく。

 

田熊信之「僧稠の心法と僧安道一」

https://ci.nii.ac.jp/lognavi?name=nels&lang=en&type=pdf&id=ART0009851770

麻天祥「僧稠与北方禅法」

http://www.cssn.cn/zjx/zjx_zjyj/zjx_fjyj/201504/W020150403347061429555.pdf?fbclid=IwAR138j8G0mLBKy5nlHJYH96h1QWc0b9QVlCWVmeARi9xzJdlpFevX5B4Nng

 

2025年10月11日追記

上の文の、、『朝野僉載』を斜め読みした箇所で、稠禅師が祈りをかなえてくれなかったら自殺してやると、「半ば泣き落としの脅迫めいた形で祈った」ところが面白いと思ったのだけれど、この「祈り」について、石平と金文学の対談『中国に媚びるな 帰化人二人の警鐘』に面白いことが書いてあったのでメモしておく。(金氏の言葉)

 ・・・中国人が仏さまに祈るのは、目の前にある現世利益のことばかり、死後の世界などまったく気にしません(笑)。・・・戴季陶の『日本論』ですが、戴季陶自身、七年ほど日本にいたことがあり、日本に対して大変関心が高かった。

 その『日本論』には日本と中国を比較した話がたくさん書かれており、とても面白い内容です。たとえば、中国人の泥棒が仏さまに拝む。何を拝むかというと、「私が盗んで捕まらなければ、毎日15日、鶏1匹を捧げます」。中国人は仏さまと取引します。泥棒にものを盗まれた隣人も同じように拝んでいる。「仏さま、盗まれた物が返してくれるなら、豚一匹を捧げます」。中国人には信仰心はない。

7章「清廉潔白の「武士道」があった日本 言い訳とウソがお得意の中国」の「「あの世」観を持つ日本人、現世利益ばかりの中国人」の箇所より

この箇所、「2025年7月27日、河南省にある有名な拳法で知られる少林寺という寺院の住職を務め、中国仏教協会の副会長などを歴任した人物が寺の資産を横領するなどした疑いがかけられました。宗教が金儲けの道具と化していることは明らかです。日本でも仏教界のお金がらみのスキャンダルはありますが、中国に比べれば圧倒的に少ない。」と続く。

 

(注1)

唐豪『行健斎随筆』「少林武僧」(山西科学技術出版社 唐豪文叢『「行健斎随筆」「唐豪太極少林考」』所収

 

(注2)

笠尾恭二『中国武術史大観』PP.160-161

 

(注3)

内山知也「朝野僉載考」(日本中国学会報第二十五集所収)