中国武術雑記帳 by zigzagmax

当世中国武術事情、中国武術史、体育史やその周辺に関する極私的備忘録・妄想と頭の体操 。頭の体操なので、たまたま立ち寄られた方は決して鵜呑みにしないこと(これ、肝要)※2015年2月、はてなダイアリーより移行

江西字門

陝西省武術協会のホームページに、なぜか以下の記事が引用されていた。

江西民间传统武术揭秘
http://www.sxwushu.cn/space/?action-viewnews-itemid-782

この簡単な記事によると、江西省から広がった伝統流派としては字門拳、硬門拳、法門拳があるという。
もっとも、後述するとおり字門拳のことを「硬門拳」とも呼ぶ、という説や、法門拳は字門の八法を基礎として発展した流派だという説もあるから、要は江西省の伝統流派といったら字門と考えておけばよいのかもしれない。

字門拳は広西字門と四川字門があるらしい。広西の字門は清初の江西清江縣(今の江西樟樹市)昌付鎮余村の人・余克讓が創始したといわれている。余克讓は朝廷の迫害を逃れるため武當山で修行したあと、広西の龍虎山で蛇と猿が戦うのをみてこの拳法を編み出したのだという。余克譲の著書に『袖珍秘録』というものがあり、そのなかにある「袖珍十八法」によると余克譲は僧耳に師事したことになっている。僧耳の名前は『三豊全書・第一巻』や『王征南墓誌銘』にみられる。このあたりは、内家拳との関連も含めて検証が必要だろう。

向逵(平江不肖生)の「拳術伝薪録」には広西の字門拳に触れた部分がある。
彼は武術の流派を南北派、陰陽勁、内外家で分類しているけれど、彼によれば字門拳は南派の陰勁を使う部類に属する。
ちなみに、陽勁と陰勁の違いは、陽勁を使う流派が胸を張り、足を踏み鳴らす(響脚)動作を多用するのに対し、陰勁を使う流派は「猴胸」(不詳。猿のように背中を丸めるという意味か?)が特徴だといい、足を踏み鳴らす動作は威勢をよくする以外には何の意味もないのに対し(「响脚除自壮声威而外,绝无用意」)、「猴胸」には、相手が打ち下ろして来る掌腕を極めたり、小門、すなわち側面からの攻撃を行ったり、相手の攻撃をかわす意味があるという(「阴劲猴胸之用,在不以胸当敌,而临阵时,每利用猴胸,以创敌劈胸打来之掌腕,且阴劲手法,多走小门,猴胸则转折较便,避敌较捷)。

また、「拳術伝薪録」には、王春林が字門拳を江西から湖南に伝えたとき、湘潭の人々は陽勁の武術をより好んだので、習う人がおらず、生活に窮した王春林は、もともと字門拳にはなかった、胸を張り、足を踏み鳴らす方法を取り入れることにした。こうして、彼のふるさとには「不陰不陽の拳術」があるのだという。これは武術の技法の変遷を記した、なかなか面白い指摘だと思う。

吾乡有拳师王春林者,习江西派字门拳,造诣颇深,祗以吾乡俗尚阳劲,从习者少,王迫于衣食,乃以意改字门拳为响脚挺胸之法,现吾乡尚有此种不阴不阳之拳术。

ちなみに、字門拳が変えることのできなかった湘潭の武術界、同じく陰勁に属する「邬家拳」が入ってくると、龍門家の「麒麟八卦」などの流派を淘汰してしまったらしい。龍門家の「麒麟八卦」はそれ以前、湘潭に百年以上にわたり流行していたという。淘汰にかかった時間は、3年なのか10年なのかはっきりしないけど、いずれにしても相当の早さで広がったのだろう。上述の字門拳の王春林の技、邬家の技に及ばなかったらしく、ここでも妥協を強いられたようだ。(「王春林技不及邬,故遂同化」)。どのような妥協が行われたのかは記されていない。

ドキュメンタリー(広西省高安の字門拳を紹介したこのドキュメンタリーはなかなかわかりやすい。

上記のドキュメンタリー映像で紹介されている八大手法、八大身法は以下のとおり。

八大手法
 推 推者吐也
 残 残者疾也
 援 援者救也
 奪 奪者擒也
 牽 牽者吸也
 捺 捺者按也
 逼 逼者阻也
 吸 吸者呑也

八大身法 前四字は攻撃の方法、後の四字攻撃の要点を形容したもの
 方
 圓
 扁
 側
 呑
 吐
 浮
 沈

 呑気如鶴宿 吐手如蛇奔 浮納如出神 沈重石斗杠 眼似猫儿身似虎 手似揺镰脚似弓 手是両片門 全靠脚打人 脚是両塊板 全靠両双目 

別のサイトでは、広西の字門には8種類の基本方法があり、それぞれ約30動作の短い型になっていると紹介している。
その8つの基本動作とは、纏、推、圓、奪、牽、拿、逼、吸の8字ということで、若干異動がある。

書籍には胡遺生『字門正宗』(1933年)がある。
字門正宗は可修禅師伝の字門を、広西鉛山の胡遺生がまとめたもの。その内容は、金一明『武當內家拳秘訣』(1913年)と重なるところが多く、この点も、字門が武當拳の一種である根拠とされている。ちなみに、この本で紹介している八法は前者と同じ。また、この本によると、広西では、字門拳のことを、「硬拳」「硬門拳」、「岳家拳」と呼ぶこともあるらしい。

字門拳には五百銭といわれる点穴術があり、これについてもいくつかの書籍が出されていて、中国のダウンロードサイトから入手が可能。

字門の八法を基礎として民間で発展した流派として法門拳(法字門)があるという。

他方、個人の書き込みだけれど、楊法顕の法門拳を紹介している文章によると、こちらは少林を名乗っている。これによると、楊法顕の師は楊普洪、楊普洪は「白蛇嶺黄皮洞少林寺」の僧侶で、楊法顕は楊普洪に十数年にわたり弟子として師事したあと還俗し、贛江で船上貨物の輸送を守る鏢師を務めた。還俗後、江西省武寧県で褚法生に「神功」を学んだと言う。ただし「白蛇嶺黄皮洞少林寺」というのはそもそも実在するのか、よくわからない。

江西省武術院の紹介

四川の字門については、まだあまり調べていないけれど、広西から伝わったものという言い方や、嵩山少林寺の僧侶によってもたらされたという説があり、よくわからない。とりあえず参考になるのはこのあたりか()。