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中国武術雑記帳 by zigzagmax

当世中国武術事情、中国武術史、体育史やその周辺に関する極私的備忘録・妄想と頭の体操 ※2015年2月、はてなダイアリーより移行

岳暁峰「我看電影《新少林寺》」

ネット上で見つけた記事。もともとは雑誌『少林与太極』に掲載されたものらしい。作者の岳暁峰という人については、検索してもあまり情報が得られず、どういう素性・立場の人かよくわからない。

この文章、主張があっちに行ったりこっちに行ったりしてわかりにくいけれど、筆者は七星拳は(長護心意門と同じく)塔溝の拳で、本来の少林寺の武術ではない、と考えているようだ。

では、七星拳はどこから来たのかというと、筆者は、塔溝の王頂一が若い頃山東省あたりで活動していたときに、「佛漢門」(七星拳を伝えている)と関係を持ったことを示唆している。

ちなみに、映画「新少林寺」でアンディ・ラウが演じていた七星拳は刁山多が教えたもの。この記事によれば、刁山多の父親がかつて少林寺で出家したことがあるのは事実だが、当時の少林寺の主僧(原文は「住持」。日本語では「住職」?)であった恒林およびその次の世代の貞緒は七星拳を伝えていないという。なお、刁家は河南省の郭店村にあり、塔溝は郭店村に属する。

上記のとおり、筆者の素性が必ずしも明らかではない(もしかして佛漢門の関係者で我田引水しようとしている?)ことや、佛漢門や、塔溝武術の体系については知識がないので、今のところこの説を検証することはできないけれど、少なくとも『少林与太極』のような比較的長く続いている雑誌に掲載されたらしい(=ただの、ネット上の個人の発言とは異なる)ことを考えてメモしておくことにした。
なお、佛門拳は百度その他の紹介によれば、その名前からも予想されるとおり少林武術を名乗っている。(佛汉拳_百度百科百度の紹介ページ邯鄲電視台制作の李士中老師の紹介

正直にいえば、自分にとっては、七星拳が少林武術の一部なのかそうでないのか、あまり重要な問題ではないし、門派内の「伝承上の事実」として、少林武術の一部として伝えられているとしても、大いに結構。ただ、太極拳の博愛県起源説をはじめとして、河南省の武術研究については、探してみるといろいろ面白いものが出てくるので、その点からも注目しておきたい。

  包括释永信大和尚在内,都不知道七星拳并非少林拳。题图为《新少林寺》开拍前,刁山多在香港教授刘紱华七星拳。
  怪不得《新少林寺》请不到李连杰!这是我看完刘紱华主演的《新少林寺》电影后的第一观感。
  《新少林寺》只不过披了一张少林寺的皮,其中没有少林功夫,没有少林精神,更没有少林寺的传统和气息。
  成龙是《新少林寺》最大的败笔和硬伤。成龙不愿意为《新少林寺》剃头其实并不重要,成龙说一口奇怪的天津口音登封话也不重要,重要的在于成龙一出场,就吓了少林寺一跳:少林寺僧人不吃素食吃野猪?少林和尚慈悲惜生,为什么要挖陷阱?如果说《新少林寺》是一锅汤,成龙出场第一句话就是汤里的那粒老鼠屎。
  《新少林寺》照样没有少林拳。站在木桩上练习朝天蹬、倒立下台阶等,都是江湖卖艺和唱戏的把式,至于六合练身法也并非少林寺独有。《新少林寺》一直津津乐道和标榜的七星拳根本不是少林功夫——别拿“天下武功出少林”来说话。七星拳的手眼身法步与少林拳完全不同,在一千零八套少林拳中也根本找不到这种手法。据我们考证,1987年以前少林寺内从没有人会七星拳,说1928年少林火噩造成武功断层并非事实。新中国成立后的少林住持和尚释贞绪是远近闻名的武僧,他的武术老师正是1928年前的功夫大师释恒林,但是贞绪不会七星拳,少林寺内也从未传承过七星拳。登封会练七星拳的最正宗的武师是塔沟村的王顶一。王顶一和刘宝山都曾跟随磨沟民间拳师凌斗学习武术,但是凌斗也不会七星拳。
  山东郓城至今有一个武术门派叫做“佛汉门”,代代传习七星拳。联想到王顶一年轻时经常游走山东结怨或交友,我们不难理出七星拳的流传路线图。刁家虽然在郭店村(塔沟隶属郭店),而且刁山多的父亲曾经在少林寺出家,但没有人见他练过七星拳。因此,说少林七星拳系少林七星门的看家拳,也是少林武术的基础之一,与长护心意门同属小架拳类,这种说法完全没有根据。少林十八门中根本没有七星门。确切地说,七星拳和长护心意门是塔沟拳,也是最大武校塔沟武术学校的看家拳。
  此外,整部《新少林寺》电影中,看不到少林和尚使用七星拳打败对手的场面,这说明他们没有拆拳,换句话说就是他们根本不知道七星拳有什么用。这样一来,七星拳在电影中成了不折不扣的花架子。
  整部《新少林寺》电影中,随处可见抬脚出拳的大开大阖。但是练习武术的人都知道“起脚望膝”、“起膝望怀”,这是腿功的基本要诀,因为只有这样才能把握好自己的平衡进而攻击敌人。少林功夫最显著的特征其实就在于攻防的浑然天成。
  《新少林寺》不懂少林精神,即使在这部电影的全球首映式上,谈到少林精神时主创人员仍用“禅武”来解释。不错,禅武是少林的显著特征,但并非少林精神。少林精神是一种情怀——天下情怀,往小里说它是中国佛教的旗帜,往大里说就是普度众生——乱世用武,盛世用禅,帮助正义的一方,济世度人。武术只是修禅的一种手段或者法门,修禅只是寻求开悟、解脱众生的手段或者法门。
  我一直认为只有真正的佛教徒才能演好少林寺题材电影。《新少林寺》中刘紱华的合掌行礼,要比“方丈”于海更像佛教徒。电影中刘紱华“死”在佛祖手中,这也是一个很精彩的画面,但也有一个硬伤:大雄宝殿佛祖的上方不应该还有一层,如果有,那么谁有资格可以上去?把佛像踩在脚下,恐怕应该算是谤佛了吧。
  《时代周报》刊登了黄永的文章《难寻真相的少林寺》,讲述了记者在少林寺的见闻。见闻很真实,但其中的一些见解笔者不能苟同。黄永说,少林寺在中国佛教历史上没有地位。这说明他不知道玄奘法师曾多次上表唐王,要求到少林寺译经;也不知道虚云法师年轻的时候曾经朝拜少林,更不知道当年小山、海宽等大禅师在京城讲法的轰动。黄永说,清代雍正禁止民间习武之后,少林功夫在寺内成体系的传承就没有了。他不知道,僧人团体是个很特殊的团体,熟悉寺院的人都知道“宁领一千兵,不领一个僧”,这句话倒不是说僧人难以领导,而是说僧团完全不同于俗世,他们不会因为国家政府出面就把自己和盘托出,也不会因为别人的怀疑而去证明什么。这也恰恰就是当年李连杰拍摄《少林寺》时难以寻觅少林拳的根本原因。
  记者不懂少林寺,那么释永信也不懂少林寺吗?释永信曾经对我说过这样一句话:“工业流水线生产的电影很难成为经典,但也不会差到哪里去。”释永信还曾经和贾磊磊探讨过功夫电影,他似乎很认同贾磊磊的观点:功夫电影的突破很难,需要长时间的准备和铺垫。
  《新少林寺》开了一个头,如同谢霆锋不合身的“龙袍”。少林寺题材电影是就此烂下去呢,还是检讨不足、持续积累最终成就经典呢?我们不得而知。
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