読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

中国武術雑記帳 by zigzagmax

当世中国武術事情、中国武術史、体育史やその周辺に関する極私的備忘録・妄想と頭の体操 ※2015年2月、はてなダイアリーより移行

山西科学技術出版社『太極拳源流之謎』

太極拳の源流については、日本では、中国武術研究の草分けである松田隆智氏が陳式太極拳をされているからだろうか、唐豪の陳王廷創始説が広く受け入れられているような気がする。中国においても、最近鳴り物入りで立ち上がった「中国武術段位制」のHPでもこの説が広く支持されていると紹介されており、公式にはこの説が支持されているようである。
実際、2007年7月31日には、中国武術協会が、河南省武術運動管理中心からの書簡に回答する公文書(武術字(2007)289号)で、河南省温県を中国武術太極拳の発祥の地と命名している。『中国武術太極拳発源地』と書かれたプレートのお披露目は、2007年8月21日、温県陳家溝で行われている。

ところが、現実はそれほど簡単ではないらしく、この「認定」が行われると、異なる立場の人たちがすぐさまを異を唱えはじめた。

実際、この認定が行われた当時、国家体育総局の研究プロジェクト『太極拳の源流と発展の研究(太極拳源流和発展)』が進行中であったらしい。こうした国レベルの研究課題が進行中であるにもかかわらず、早々と発祥の地を認定してしまうのは中国武術協会の「越権行為」であり無効だ(P.73李師融氏)というのも、わからないではない。(ただし、上記のお披露目には、国家体育総局の馮建中副局長、同武術運動管理中心の何青龍党委書記らも参加しているのだから(P.7)、国を無視して執り行ったという批判は必ずしも正しくないと思う。)

ともあれ、河南省温県に対する太極拳発祥の地の認定をきっかけに、2007年から2008年ごろ、太極拳の起源に関する論争が再燃したらしく、この本はその前後に発表された各派の代表的主張を集めたものである。冒頭の呉文翰氏の論文によると、太極拳の起源に関する主な立場としては、以下に掲げる5つの立場がある。(実際には、さまざまなバリエーションがある。)
結局のところ、温県を太極拳の発祥の地とする認定は、4説と5説でどちらが正しいかという問題には踏み込んでおらず(陳家溝、趙堡鎮はともに温県に属する)、なかば「政治決着」的がはかられたようにも見える。

太極拳起源論の主な立場(呉文翰「太極拳起源的幾種説法」より)
1.宋の張三峰(豊)起源説
2.唐の許宣平と南梁の程霊洗起源説
3.陳卜起源説
4.陳王廷起源説
5.王宗岳−蒋発伝承説

自分は、太極拳の起源に関する原典資料を読む能力も機会もなく、せいぜいが各派の「主張」を聞くことしかできず、いったいどれが正しいのかを正しく判断することはできない。

ただ、この本のように各派の主張を並べてもらえると、問題点のありかが自然と浮かび上がってくる気がする。
そして、これらの論争にみられる、各派の自己弁護と他派への容赦ない批判を通して、中国人というものがまた違った角度から見えてくる気がする。
もっとも、誰もが研究者のような立場をとる必要はなく、流派の伝承のなかにある種の神話、思い込みがあることは、それ自体としては一向に差し支えないと考えている。

それにしても、『太極拳の源流と発展の研究(太極拳源流和発展)』という研究プロジェクトはその後、成果がまとまったんだろうか。