金庸『碧血剣』、小前亮『李巌と李自成』など
金庸の小説の中では比較的短編だけれど、主人公の武術修行、武林流派の確執、美男美女の複雑な人間模様、正義と悪が入れ替わるところなど、金庸小説のエッセンスは詰まっていて、自分としては充分に楽しめた。
主人公の袁承志は、明の名将ながら、皇帝に忠誠を疑われ死刑にされた袁崇煥の子という設定で、父の仇を撃ち崇禎帝を暗殺するために、李自成の反乱軍と協力する。とくに李自成の軍師の李岩(李巌)とは意気投合し、その軍師らしからぬ人柄にあこがれをいだき、書生風のいでたちを真似たりしている。
史実なのでネタバレも何もないと思うけれど、李自成の軍隊はその後、明を倒すものの、軍紀の乱れなどで民衆の支持を失って清の建国に繋がり、そのなかで李岩は仲間に讒言され粛清される。
李自成と李岩の関係を中心にこの辺の歴史を記したのが小前亮の『李巌と李自成』だったけれど、同小説で李自成の反乱軍が用いたのは、巻末の解説の表現を借りると「普及しはじめた新兵器・鳥銃(先込め式の鉄砲)と機動力に優れた騎兵を巧みに使う戦術」で、「大掛かりな包囲攻城戦」なども描かれていた。
それに較べると、『碧血剣』はやはり刀槍や暗器などの武器、軽功を含む生身の武術が中心で、火薬の臭いはあまりしなかった。
ちなみに、同じ金庸の小説の中で、『鹿鼎記』には李岩と紅娘子の子の李西華というのが出てきて、今度は李自成を父の仇として戦うことになるのに対し、『李巌と李自成』では李基信という息子がでてきた。
そもそも李岩(巌)・紅娘子自体が架空の人物とされているので、あまり気にしてもしょうがないようにも思われるけれど、太極拳の起源論争とも関係のある李氏家譜の発見が李岩の実在の可能性を示すのではないかという議論があったのを思い出す。この議論、その後なにか進展があるんだろうか。
話を『碧血剣』に戻すと、そもそも主人公で、父の仇をうたんとする袁承志自体が金庸の生み出した架空の人物で、実際には袁崇煥の子孫は、子の袁文弼が後金の軍に入隊したのをはじめ、代々清に仕えたらしい。
なお、以下の動画では、張岱の『石匱書後集』によりながら、袁崇煥の死刑執行当日、処刑人によってその肉がきりきざまれると、集まった市民がその肉を生のまま食べたと記していることを紹介している。
ところで、『碧血剣』には、雲南の五毒教という、蛇やさそりの毒を武術に応用する連中が出てくるけれど、ショーブラザースのカンフー映画の黄金期の最期でに出てきたユニット「五毒」はこれにヒントを得たものなのかな。
『碧血剣』も、ほかの金庸作品同様、なんどかドラマ化されているようだけれど、とくに張紀中がプロデュースした2007年のドラマでは、袁承志の師の穆人清を于承恵が演じていたらしく、それはそれで興味あり。いまでもツタヤとかにあるのかな。
MAXAM『碧血剣(へきけつけん)』オフィシャルウェブサイト