中国武術雑記帳 by zigzagmax

当世中国武術事情、中国武術史、体育史やその周辺に関する極私的備忘録・妄想と頭の体操 。頭の体操なので、たまたま立ち寄られた方は決して鵜呑みにしないこと(これ、肝要)※2015年2月、はてなダイアリーより移行

R.H. ファン・フーリク『中国のテナガザル』

チャウ・シンチーの『西遊記 はじまりのはじまり』が公開中だけれど、中野美代子孫悟空の誕生−サルの民話学と「西遊記」』に続けて、地元の図書館にあった本を読了。

中国では、サルといえば、もともとは「猴」のサル(マカク属のサル)と「猿」のサル(テナガザル)ではっきり区別がされていて、この本では、テナガザル=「猿」に関する古代中国のさまざまな伝説が紹介されているのだけれど、人里におりて畑を荒らしたりいたずらをする「猴」に対して、深い山奥で超然としている「猿」は、「君子」になぞらえられたり、魔術や呼吸法に長けていると考えられてきたらしい。弓の名人である養由基の伝説に白猿が出てきたり、『呉越春秋』に出てくる剣の名人・越女が森の中で袁公(最後に猿に変身する)とであうなど、武術に関する伝承と関係が深いのも「猿」で、左右の手が通じている(いわゆる「通臂」)という説も、すでに紀元前からあったらしいということもわかって興味深かった。

もっとも、実際には、宋代あたりから「猴」のイメージと「猿」のイメージは混交してゆくようで、この辺の事情は、『孫悟空の誕生』の方に詳しいけれど、インドや東南アジア諸国と海を通じた貿易が盛んになるにしたがって、仏教説話やハヌマ−ンから来るサルのイメージももたらされて、それらが混じりあって次第に孫悟空というキャラクターが形成されてゆくようだ。

そういえば、華佗がつくったといわれる五禽戯のひとつも、「猿戯」であって「猴戯」ではないけれど、華佗から年代的に一番近い(といっても200年ほど経ている)陶弘景の「養生延命録」(注)の記載をもとに書き起こされた図が、林伯原先生の『中国武術史』に載っている。木からぶらさがったりしていて、確かに、「猿」の趣が強い。同書によると、華佗に先立つ導引術勢として、『淮南子』には熊経、鳥伸、鳧浴、蝯(猿)躩、鴟視、虎顧の六種類が挙げられているという(精神訓)。「」は跳躍とか、早足を指すようなので、また猿の違った特徴を捉えているようではある。

武術にも、猿を名乗っているものと、猴を名乗っているものの両方がある。演劇的にサルの動作をとりいれているものは別として、大雑把に、腕を長くつかって遠くに打ち出すのが「猿」系、フットワークや跳躍を多様して動き回るのが「猴」系といったら間違いだろうか。もっとも「猿猴」と名乗っているものもあったりして、もはや両者を区別しても意味はないのかもしれない。

現代中国語では、「猿猴」というとテナガザルもマカクも含めたサル類全般を指すようだけれど、日本ではカッパの一種に「猿猴」というのがいるようだ。

中国のテナガザル (博物学ドキュメント)

中国のテナガザル (博物学ドキュメント)

(注)テキストは、『中国武術史』にはなかったけれど、『中国気功大成』(方春陽主編 吉林科学技術出版社)には載っていた。その部分は次のとおり。
猿戏者攀物自悬,伸缩身体,上下一七,以脚拘物自悬,左右七,手钩却立,按头各七。


2016.2.11追記
 腕が長いことと、射術について。
>>劉淵劉聡に共通する「猿臂」という語は腕が非常に長いことを意味し、劉曜に対する「手を垂るれば膝を過ぎ」という表現も同意である。すなわち、腕がながいことは射術に長ずるための条件の一つであった。同書(引用者注:『晋書』)「慕容皝戴記」の附録「慕容翰伝」には次のような記事がある。「・・・(略)猨臂(猿臂)にして射に工み、膂力過人。・・・」
 林伯原『中国武術史 --先史時代から十九世紀中期まで--』P.183