中国武術雑記帳 by zigzagmax

当世中国武術事情、中国武術史、体育史やその周辺に関する極私的備忘録・妄想と頭の体操 。頭の体操なので、たまたま立ち寄られた方は決して鵜呑みにしないこと(これ、肝要)※2015年2月、はてなダイアリーより移行

套路という文化 套路運動の生命力

ネットで調べものをしていて、晩年の蔡龍雲が套路運動について語った動画を見つけた。2014年10月、上海体育学院における講座らしい。ということは、お亡くなりになる約1年前だと思われるけれど、ときどき立ちあがって実演してみせる動作や、ウィットに富んだ語り口 からは、この1年後に亡くなられるとはとても想像できない。
 
○動画リンクはこのメモの最後にまとめて掲載。以下は、講演当時の記事。

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この動画よりも前に行われた、同じく上海体育学院の戴国斌による2009年のインタビューで、蔡龍雲は、

・伝統的な套路はすべて実用的かといえば、必ずしもそうではない。

・実用的な動作と実用的な動作をつなぎ合わせただけでは套路にならない。そこにはなにか修飾的な要素があると考えられる。

・実用的な動作を取り除いたときに何が残るかを検討することで、武術の套路を成り立たせているもの、その生命力がどこにあるのかを探ることができるのではないか。

・歴史的にも、唐代の将軍・裴旻の剣の舞は当時の三絶として有名だが、裴旻自身は名将というわけではない。では、なぜ裴旻の剣舞がよいとされたのか。裴旻の剣はほかの人のものとはなにが違っていたのか。

・また、武術における花拳繍腿は、戚継光の頃から批判されているが、今に至るまで完全になくなっていない。(実戦を重視した)中央国術館でも套路をなくそうとはしなかった。(1930年代、山東国術館の)田鎮峰は「国術革命」を標榜した。革命とは「打(実用性)」にほかならないが、やはり套路はなくならなかった。

・武術の套路を藝術の観点から研究することを武術家たちは恐れる。しかし、恐れることはないと思う。この点(が明らかになって)こそ我々の武術がアート(マーシャルアーツ)になるのであり、武術の価値がより高まるではないか。

 

等といった趣旨のことを語っている。(必ずしも、原文のとおりではない。)

 

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この動画は、ある意味、このインタビューで自ら提起した、さまざまな問題の一部に、自ら答えてみせているようでもある。とりわけ、「武術の套路の生命力」という言葉で表現していた問題を、講演の中では武術の套路における「主題」という言葉で語っているような気がする。

 
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以下は、動画のパートごとの内容を、大胆に、ざっくりまとめたメモ。

 

その1

世界のあらゆる民族には、軍事上の戦闘技術と、その民族の文化が結びついた「格闘文化」がある。中国においても、角抵、手搏、撃剣、使槍、使棒等がある。そのなかでも、格闘技術と、動作の動静虚実、起伏転折,剛柔などを結びつけた套路という練習形態を作りあげたのは中国だけである。

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その2

 武術の套路の大部分は踢打摔拿撃刺などの攻防格闘技術によって構成されているが、そうでない套路もある。たとえば、動物の生活の形態を模倣することに重点が置かれたものもある。鴨形拳などはその代表である。

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 その3

また、刀剣槍棍などの武器ではなく、扇子、ハンカチ、キセルなどを用いるものや、技撃動作ではなく技巧動作に重点が置かれたものもある。たとえば、九節鞭で鞭を首に絡ませる動作などは、実戦目的というよりは、技巧の表現そのものが目的になっている。飛叉の表演なども、実用技法よりも、技巧を示すことが目的になっている。また、羅漢拳のなかには、技撃動作ではなく、人物の形態の模倣が中心になっているものもある。さらに、技撃動作を含みつつ、物語の再現を目的とした套路もある。(のちの部分で詳述。)

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その4、その5

鴨の動きを観察して鴨形拳を作った先人の想いについて考えるに、技撃ではなく、養生に重点を置いたので鴨を選んだのだと思われる。キセルのような生活用品を用いる套路は、文学や戯曲とも関係がある。「武松脱铐」、「魯智深酔打山門」などは物語を再現するのが主題になっている。

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その6

「酔漢摛猴」なども物語の再現である。このように武術の套路の「主題」はきわめて多様である。

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その7(終わり)

武術の套路は大きく長拳と短拳に分類できる。

通背、劈掛などは典型的な長拳南拳形意拳などは短拳に分類できる。

明代には長拳と短拳の分類が生まれている。呉承恩は短拳に賛成し、長拳を批判している。

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なお、套路の「主題」ということでは、凌懿文『浙江伝統武術簡史』に紹介されている富陽の天罡地煞拳は、その動作名称から、安徽省歙県西川塢の汪姓の一族が明の万暦八年正月戊寅の雪の日に昱嶺、広州右衛、永昌、新登を経て東図に定住する過程を物語るものであることを紹介していて興味深い。

 

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実戦派でありながら、実戦以外の部分にも広く目を向けていた蔡龍雲のこの講演から、武術という文化の懐の深さが伝わってくる。

 

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