中国武術雑記帳 by zigzagmax

当世中国武術事情、中国武術史、体育史やその周辺に関する極私的備忘録・妄想と頭の体操 ※2015年2月、はてなダイアリーより移行

『馬振邦武学集 宗師伝記』

長年、陝西省武術隊の総教練を務め、「オールドスクール」のスーパースター・趙長軍らを育てあげたり、映画『武當』の南山道長をはじめ、役者・武術指導でも活躍し、昨年86歳で亡くなった馬振邦の伝記で、『馬振邦武学集』の第1巻。
(第2巻は『武学筆記』、第3巻は拳術精粹。第1巻は2013年夏北京、第2巻は2014年3月上海で購入。第3巻のみ未入手。)

著者は叶知秋と張力の二人ということになっているけれど、全16章のうち、どこを誰が執筆したのかはよくわからない。第8章のみ、執筆時期が注記してあって、1991年のことだと書いてある。1980年生まれの張力はまだ11歳のはずだから、少なくともこの部分は叶知秋が書いたものなのだろう。全体として、最初から系統だった伝記として構想されたものというよりは、過去に発表された様々な文章をもとに、新たな文章を加えて一冊の伝記にしたもののように思われる。ところどころ、中国共産党を持ち上げるところがあり、やや胡散臭いところがある。これも執筆時期と関係があるのかもしれない。ちなみに、馬振邦自身、1979年8月に、過去20年間に4度にわたる入党申請、審査を経て中国共産党に入党している(P.85)。
文化大革命の頃、紅衛兵たちに「反革命」「資本主義の権威」「牛鬼蛇神」とレッテルを張られ、母親をなぶりごろしにされ、最初の妻を妊娠出産時の医師の対応のまずさによって失ったはずの(まるで映画『活きる』のようだ)彼が、入党を強く希望した理由はよくわからない。
そもそも彼が糾弾された理由も、はっきりは書かれていないけれど、1959年の陝西省武術隊(競技武術チーム)の設立以来、主教練を務め、厳しい訓練を行なったことが逆に「錦標主義」(勝利至上主義)と批判され、隊員の一部が告発したかのようなことが仄めかされている。ちなみに、省武術隊の設立時のメンバーは、鳥術堂、楊宝生、高西安、趙篤信、徐毓茹、翁積秀の六人で、その後、白文祥が加わる。白文祥は偏平足で、身体検査の結果、彼を採用するかどうかどうか迷った末に、省体育運動委員会を説得したというエピソードが紹介されている。

この本を読むまで、馬振邦は形意拳(李存義⇒傅剣秋⇒王青山⇒馬振邦)や査拳・弾腿の人だと思っていたけれど、劈掛拳にも縁がある人らしい。
巻末の年表には
1953年、神槍李書文(この本では李樹文)を師とした陝西省の著名武術家徐雨辰に功力拳、青萍剣、劈掛拳を学ぶとあり、同年西安で開かれた西北五省による民族形式体育表演賽運動会で馬頴達と知遇を得て通備劈掛拳を学んだ、と出ている。10年後の1963年には陝西省武術隊を率いて蘭州を訪れた際に馬鳳図を訪れ、劈掛拳の技法、要旨を学んだ、と出ていて、43ページには馬鳳図と並んだ写真がある。この間、馬頴達の紹介により馬賢達の知遇も得、通背拳翻子拳、通背剣を学んだらしい。この叢書には四つの序文が寄せられているけれど、序四は通備拳の馬文国(張克倹の弟子)のもので、それによると、馬振邦がもっとも愛したのは劈掛拳であり、陝西省武術隊の訓練体系の中に、彼によって通備武学が取り入れられることになったという。
さらに、第2巻『武学筆記』には、「劈掛拳述真」という文章がある。そこで紹介されている十二大蹚子は、以下のとおり。
戳指掌、双撞掌、纏額手、撲掛掌、丁場、閃電手、倒発五雷、反滾背、烏龍盤打、招風手、操手飛腿、単劈蓋頂掌。

晩年は陝西省の地方拳種、とりわけ紅拳の保護に熱心であったらしい。

ちなみに、映画『少林寺』の主役の候補には、当初、李連傑と並んで趙長軍もあがっていたらしい。結果的に主役の座は李連傑が射止めたわけだけれど、『少林寺』で火がついた武術映画人気の中で作られた『武當』では見事主役を演じているし、趙長軍、実は新中国初の武術映画と言われる『ミステリー仏陀』(武術指導は成伝鋭)では、主役の劉暁慶の「替身」をやっているらしい。

一つとても印象に残ったエピソードがある。それは申子栄に気功を習いはじめたときのことで、入門にあたり申子栄と100日間房事を慎む、という内容を含む3つの約束をした馬振邦、しばらく家族のもとを離れ、申子栄と寝食をともにしていた。ある日、申子栄が宿泊を伴う外出をすることになったので、久しぶりに家に帰って、ぼろぼろになった服を着替えようとしたら、排打功で痣だらけになった体をみた妻(最初の妻)が、びっくりして、馬振邦の痣をなでながら腕の中で泣きだしてしまい、感情に火がついてしまって、ついつい師匠との約束を破ってしまう。妻と同じオンドルで寝ていると、現れないはずの師匠がドアをノックし、あわてて着替えをしてドアに立った馬振邦、師匠に「なんでそんな短いズボンをはいてるんだ」と言われ、ふと自分を見ると間違って妻のズボンをはいていた。「師匠、私は約束を守れませんでした、どんな罰でも受けます」と正直に告白すると、師匠も、俺も若いときはそうだったなあと笑って、またやり直そうと言ってくれたというもの(ちょっと脚色あり)。なんとも人間味あふれるエピソードだ。

そんなトリビアが詰まった、実に面白い本だった。

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映画『武當』
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映画『八卦蓮花掌』
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映画『大刀王五』
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映画『ミステリー仏陀

映画『活きる』

活きる 特別版 [DVD]

活きる 特別版 [DVD]

2017.5.27
形意拳の動画を追加

2017.6.29
映画『大刀王五』のリンクを追加