中国武術雑記帳 by zigzagmax

当世中国武術事情、中国武術史、体育史やその周辺に関する極私的備忘録・妄想と頭の体操 ※2015年2月、はてなダイアリーより移行

套路という文化 套路運動の生命力

ネットで調べものをしていて、晩年の蔡龍雲が套路運動について語った動画を見つけた。2014年10月、上海体育学院における講座らしい。ということは、お亡くなりになる約1年前だと思われるけれど、ときどき立ちあがって実演してみせる動作や、ウィットに富んだ語り口 からは、この1年後に亡くなられるとはとても想像できない。
 
○動画リンクはこのメモの最後にまとめて掲載。以下は、講演当時の記事。

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画像に含まれている可能性があるもの:1人以上、立ってる(複数の人)

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この動画よりも前に行われた、同じく上海体育学院の戴国斌による2009年のインタビューで、蔡龍雲は、

・伝統的な套路はすべて実用的かといえば、必ずしもそうではない。

・実用的な動作と実用的な動作をつなぎ合わせただけでは套路にならない。そこにはなにか修飾的な要素があると考えられる。

・実用的な動作を取り除いたときに何が残るかを検討することで、武術の套路を成り立たせているもの、その生命力がどこにあるのかを探ることができるのではないか。

・歴史的にも、唐代の将軍・裴旻の剣の舞は当時の三絶として有名だが、裴旻自身は名将というわけではない。では、なぜ裴旻の剣舞がよいとされたのか。裴旻の剣はほかの人のものとはなにが違っていたのか。

・また、武術における花拳繍腿は、戚継光の頃から批判されているが、今に至るまで完全になくなっていない。(実戦を重視した)中央国術館でも套路をなくそうとはしなかった。(1930年代、山東国術館の)田鎮峰は「国術革命」を標榜した。革命とは「打(実用性)」にほかならないが、やはり套路はなくならなかった。

・武術の套路を藝術の観点から研究することを武術家たちは恐れる。しかし、恐れることはないと思う。この点(が明らかになって)こそ我々の武術がアート(マーシャルアーツ)になるのであり、武術の価値がより高まるではないか。

 

等といった趣旨のことを語っている。(必ずしも、原文のとおりではない。)

 

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この動画は、ある意味、このインタビューで自ら提起した、さまざまな問題の一部に、自ら答えてみせているようでもある。とりわけ、「武術の套路の生命力」という言葉で表現していた問題を、講演の中では武術の套路における「主題」という言葉で語っているような気がする。

 
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以下は、動画のパートごとの内容を、大胆に、ざっくりまとめたメモ。

 

その1

世界のあらゆる民族には、軍事上の戦闘技術と、その民族の文化が結びついた「格闘文化」がある。中国においても、角抵、手搏、撃剣、使槍、使棒等がある。そのなかでも、格闘技術と、動作の動静虚実、起伏転折,剛柔などを結びつけた套路という練習形態を作りあげたのは中国だけである。

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その2

 武術の套路の大部分は踢打摔拿撃刺などの攻防格闘技術によって構成されているが、そうでない套路もある。たとえば、動物の生活の形態を模倣することに重点が置かれたものもある。鴨形拳などはその代表である。

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 その3

また、刀剣槍棍などの武器ではなく、扇子、ハンカチ、キセルなどを用いるものや、技撃動作ではなく技巧動作に重点が置かれたものもある。たとえば、九節鞭で鞭を首に絡ませる動作などは、実戦目的というよりは、技巧の表現そのものが目的になっている。飛叉の表演なども、実用技法よりも、技巧を示すことが目的になっている。また、羅漢拳のなかには、技撃動作ではなく、人物の形態の模倣が中心になっているものもある。さらに、技撃動作を含みつつ、物語の再現を目的とした套路もある。(のちの部分で詳述。)

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その4、その5

鴨の動きを観察して鴨形拳を作った先人の想いについて考えるに、技撃ではなく、養生に重点を置いたので鴨を選んだのだと思われる。キセルのような生活用品を用いる套路は、文学や戯曲とも関係がある。「武松脱铐」、「魯智深酔打山門」などは物語を再現するのが主題になっている。

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その6

「酔漢摛猴」なども物語の再現である。このように武術の套路の「主題」はきわめて多様である。

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その7(終わり)

武術の套路は大きく長拳と短拳に分類できる。

通背、劈掛などは典型的な長拳南拳形意拳などは短拳に分類できる。

明代には長拳と短拳の分類が生まれている。呉承恩は短拳に賛成し、長拳を批判している。

v.youku.com

 

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なお、套路の「主題」ということでは、凌懿文『浙江伝統武術簡史』に紹介されている富陽の天罡地煞拳は、その動作名称から、安徽省歙県西川塢の汪姓の一族が明の万暦八年正月戊寅の雪の日に昱嶺、広州右衛、永昌、新登を経て東図に定住する過程を物語るものであることを紹介していて興味深い。

 

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実戦派でありながら、実戦以外の部分にも広く目を向けていた蔡龍雲のこの講演から、武術という文化の懐の深さが伝わってくる。

 

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形似容易神似難

 ロシアのカザンで開催されていた世界大会では、日本人選手たちもメダルを獲得したらしいけれど、捜狐の記事では、中国チームの厳平コーチのコメントを引用しながら、外国人選手の演武に欠けているものについて指摘している。

 

www.sohu.com

 

 やや乱暴だけど、自分なりにその要点をまとめると、武術の套路というのは、ただ静止動作(肢体、筋肉、姿勢)の美しさ(1)だけではなく、身法や歩法などの動的要素(2)を、攻防意識(3)と結びつけて行なうものだが、多くの外国人選手の演技は、まだ機械的な肢体動作((1)と(2))のレベルに留まっており、(3)の「内涵」がないため、「味」に欠ける(还缺点味道)、といえるだろうか。

 記者は、端的に「有形無神」とも記している。

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このように、外国人の演武を「味がない」と批判するのは昔からあることと言ってしまえばそれまでだけれど、「味」とか風格というのは、見る人の主観・好みに左右されるところが大きく、ましてや外国人には説明がしにくく、武術競技の普及の妨げになるということで、採点の要素から極力排除しようというのがこれまでの流れだったとすると、競技レベルが上がってきて、外国人選手にもいよいよこういう「内涵」が求められる時代になったとも理解できるかもしれない。そう考えると、武術競技の普及が確実に進んでいることをうかがわせる。

 

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武術の套路の「味」、「内涵」という点で最近印象に残ったのは、徐雨辰(陝西チームのコーチで、太極王子・呉雅楠の育ての親、徐毓茹のお父さん)が馬鳳図の教えを回想した文章。(『甘粛通備武藝』所収の徐雨辰「文武兼通 風範永存 ---憶馬鳳図先生」。初出は雑誌『武林』の1985年第10期)

 

徐雨辰が、同じ動作をやっても、どうしても馬鳳図がやってみせるようにできないのはなぜかと質問をしたら馬鳳図は、かつて東北で郝鳴九と交流をして劈掛拳を教えたときに、郝鳴九も「どうしてもその味が出せないんだよなあ(我怎么总学不到你的神气呢?)」とぼやいたことを例に、「外形を真似するのは容易だけど、その内面を真似るのは難しい(形似容易神似難)」と答えたことを記している。

 

別の場面で、さらに馬鳳図は

「学びて思はざれば則ち罔(くら)し。思ひて学ばざれば則ち殆(あや)ふし」という論語の語を引きながら、「苦練と勤思の二つを備えて、はじめて武術において堂に昇り、室に入り、純粋な深い功夫に到ることができるのだよ」と徐雨辰にいい、さらに

 

「古人は、師の教えと資質と努力の三者が備わって初めて上乗に到る、といった。・・・略・・・雨辰、きみは少なからずの名師から教えをうけ、資質もまあ聡明だ。師の教え、資質はともに備わっているといえる。形を真似しながらその内面を模倣し、内面を模倣するなかから創新が生まれるのだ。」と語っている。

 完全には理解できていない気がするけれど、条件は揃っているのだから、あせらず「功夫」を積み重ねるしかないのだ、と教え諭しているようで、どの言葉も、とても心に響く。

 

なお、ここで「内面」と仮置きしたのは、「神」とか「神気」。同じ意味で、「神韵」という言葉が使われることもあるように思う。どれも端的な日本語に置き換えるのは難しいけれど、実用技術とかスポーツという世界を越えた「藝の道」に繋がっている気がする。それは、この電子メモ帳を通して確認したい隠れたテーマの一つでもある。

 

序雨辰(左)、徐毓茹(中)、申子栄(右)

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“太极王子”吴雅楠恩师徐毓茹的武术人生 - 全球功夫网

 

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zigzagmax.hatenablog.com

ベルリンオリンピックの国術代表団2 (+予選参加者)

ベルリンオリンピック時の国術代表団、実際に渡航したのは補欠を含めて9名だけれど、予選には全部で25人が参加したらしい。そのうちわけは以下のとおり。

 

1936年5月11日,各地被保送的国术选手在上海延平路申园举行初次预选。参与者有赣、豫、浙、京、青、沪、六省市及中国驻日留学生监督处等七单位,选手二十五人。国术表演选手名单如下:
一、南京市——翟涟源温敬铭张文广傅淑云何秀媛、冯星五。
二、上海市——孟健丽朱文伟、马子文、王明禧、郑怀贤、田景星。
三、浙江省——顾士岐、潘振声、何长海、虞星如、王正华、陈枝青
四、河南省——金石生寇运兴刘玉华贾长春
五、江西省——胡炯
六、青岛市——乐秀云
七、中国驻日留学生监督处——张尔鼎

 出典は以下の記事で、このうち青字にした9名が実際の代表。

それ以外の選考参加者のなかで紫色にした人物については後述。

www.fx361.com

 

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9名のメンバーのうち、唯一、詳しい情報が得られていなかった張爾鼎については、たまたまチェックしていた『全国運動会1933年専刊』の写真で、褚民誼、周子和、張英健と並んで写っているのが張爾鼎と読めるような気がして、競技記録を確認すると、拳術中量級の三位に「张尔鼎」という名前があるのは彼である可能性が高いと思う。

 

 〇『全国運動会1933年専刊』より

 右から数えるべきか、左から数えるべきか、記事中には説明がないけれど、

 以下の『勤奮體育月刊』の写真と比べると、右から2番目に移っているのが張爾鼎ではないかと思われる。一番右は褚民誼だろう。

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さらに、以前にメモした「武術文史」のFBページに彼のベルリンオリンピック参加時の所属が「留日」とあり、このメモの冒頭の記事にも「中国驻日留学生监督处」所属とあるのを手がかりに調べはじめたら、東京師範大学の昭和十二年卒業生の外国学生名簿の中に彼の名前があることがわかった(注)。

 

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国立国会図書館デジタルコレクション - 東京文理科大学・東京高等師範学校一覧. 昭和12年度

 

同名の人物が、北平体育専科学校の校長を務めているけれど、これも同一人物ではないかと思われる。

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體育大辭典 - Google ブックス

 

〇『勤奮體育月刊』(掲載時期未確認)より

 自動代替テキストはありません。

 

 (注)以下、東京師範大学名簿や『勤奮體育月刊』の記載については、片桐陽先生のご教示による

 

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新たに気になってきたのは、各地から推薦されてきた予選参加者。

このうち、南京の何秀媛については『中国武術人名辞典』に記事があった。

 

〇何秀媛 『中国武術人名辞典』より

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上海から参加者のうち、孟建麗については前回メモした。

同じく上海の「朱文偉」は第二届国術国考の短兵第18位に名前が見える人物ではないかと思われる。

 

浙江省からの参加者のうち、何長海、陳枝青について比較的情報が豊富。

 

 〇何長海

 韓慶堂、劉百川、田兆麟、劉金声らに学んだらしい。郭守靖『浙江武術文化研究』にも紹介がある。ただし、「1933年,第二届国考并获甲等·」とある点については当時の資料から確認できない。ベルリンオリンピックではボクシング選手の選抜にも参加していたようで、集訓隊のメンバーには選ばれていたらしい。

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出典:郭守靖『浙江武術文化研究』

 

出典:武林缅怀一代武术宗师何长海大型画册《百年长海》在杭首发·杭州日报

 

〇 陳枝青 劉百川の伝承者らしい

浙江襠案網から 赤字は引用者

【姓名】: 陈枝青
【字号】:
【籍贯】: 杭州
【生卒年】: 1912—1992
【人物介绍】: 陈枝青 (1912—1992)杭州人。自幼习武,师承近代武术名家刘百川。20世纪30年代数赴省武术比赛,屡摘桂冠。旋至南京全国第二届国术会考,获摔跤、拳术两项亚军,继而在江西省摔跤比赛中力夺冠军。期间还曾发起创办杭州信鸽研究会,开杭城竞翔之先河。后自设诊所,钻研医道,

出典:浙江档案网--档案数据库

 

河南省からの参加者のうち 「贾长春」に関しては、「買長春」という人物が第二回国術国考の河南代表として拳術甲等の第9位に名前がみえ、この人物の間違いではないかと思われる。

 

江西から参加の「胡炯」は、第一回国術国考の最優等15人の中に、「胡炯 二十八歳 江西南昌」とある人物のことではないかと思われる。

 

青島市の「乐秀云」については、前回メモした青島武術界の三女傑の一人・欒秀雲の誤りのような気がしなくもない。

 

残りの8名のメンバーたちについてはいまのところ情報がないけれど、頭の片隅に置いておき、今後調べてゆきたい。

 

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なお、張文広『我的武術生涯』によると、一行は6月24日に出発。香港、シンガポールコロンボ、ムンバイ、エジプト(カイロ?)、ヴェネチアを経て7月22日にベルリンに到着。

翌日に、ドイツ留学中の中国人学生とともにハンブルクに赴き、万国拳撃表演台などで演武を行ったという。

この点は、FBの『武術文史研究』のページに紹介された記事に

 24日 午前9時  ハンブルク 於  万国音楽会

 25日 午後4時        於  万国拳術表演台

 

とあるのと一致する。

『武術文史研究』の記事では、続けて以下の様子が記されている。

 26日 ハンブルク 万国体育団体遊行大会に参加 沿途表演

 27日 ベルリンに戻る

 30日 ドイツ軍の要請に応じて千人あまりの軍人の前で表演

 31日 国際運動学員営の要請に応じて、表演

     (8月?)16日の閉幕時にも表演が要請され、2名が参加

  

www.facebook.com

   

 張文広『我的武術生涯』には、この間、7月27日にベルリンの華僑学生歓迎会において行った表演の内容について詳細な記載もあるものの、いずれもオリンピック会場そのものにおける武術の紹介ではない。(オリンピックの開幕は8月1日。)

『我的武術生涯』では、ベルリンオリンピックの会場でも演武を行ったと読める記述はあるものの、上述の華僑学生歓迎会における演武内容などの具体的な記述と比べると、控えめで具体性に欠いている。単に当時の詳しい史料が残っていないということなのか、国術団はオリンピック会場での国術の披露はできなかったということなのか、そのあたりは若干気になるところ。

 

 

中華民国第六届全国運動大会(1935年) 女子単人比賽入賞者

かつて中国駐在中に、地元の図書館で見つけた『東方雑誌号外 第六届全運会画刊』の、女子国術入賞者の記事と写真に出ている名前を判読しようとして調べていたら休日が半日つぶれてしまった。それでも、なんとか全員判読できたような気がする。

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判読した結果は以下のとおり。

第1位 山東 楊素清
第2位 青島 姜愛蘭
第3位 河南 劉玉華
第4位 上海 呉俊華
第5位 南京 范之正
第6位 南京 傳淑雲

 

一位の山東の楊素清は、6人のなかで、体格のよさが群を抜いていて、一般女性の中に混じっているダイナマイト関西といった風情。というのは冗談としても、劉玉華や傳淑雲を抑えて第1位だったにしては、その後の活躍についてほとんど情報がないのが不思議。

 

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第2位の姜愛蘭は『中国武術人名辞典』にでている。最近の経験から、『人名辞典』に書かれていることをそのまま鵜呑みにはできないけれど、査拳八極拳、埋伏拳を得意とし、青島の国術界では、鐘愛蘭、欒秀雲と並んで三女傑と評されていた模様。

青岛不仅浪漫也霸气 王子平击败过美日高手_青岛新闻网站-台东镇网-青岛本土生活服务门户

 

〇『中国武術人名事典』の姜愛蘭の項

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〇三女傑の一人、欒秀雲とその師・楊明斎についての『中国武術人名辞典』の項目。

欒秀雲と、山東省国術館の田鎮峰の武術の発展・実用性に関する論争についても気になるところ。

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 出典:【图】1936年【汗血周刊】第五卷第九期_孔夫子拍卖网

 

〇劉波『台湾武術四百年発展史』より欒秀雲の剣術と弓術

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出典:片桐陽先生からのご提供

 

〇王開文『斉魯武術』から、同じく楊明斎門下の石秀蘭。姜愛蘭、鐘愛蘭とあわせて三蘭という呼び方もあった模様。

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第三位の劉玉華と第6位の傳淑雲は言わずと知れた、ベルリンオリンピックの参加メンバー。実は女性三人のうち、選抜をトップ通過したのは前回メモした翟漣源で、次が傳淑雲、劉玉華は補欠(備取)。

 

画像に含まれている可能性があるもの:テキスト

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出典:武術文史研究 のFBページより

武術文史研究 - 1936 年柏林奧運... | Facebook

 

www.youtube.com

www.youtube.com

〇王広西『中国功夫』より、「参加第11届奥运会国术表演的女选手傅淑云(右),刘玉华演练三合剑,1936年」

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第四位は字がつぶれていて判読に一番時間がかかったけれど、呉俊華と読める。最初は真ん中の字が読めなくて、呉〇華、もしかすると(呉鑑泉の長女の)呉英華?と思ったのだけれど、真ん中の字はどうしても「英」には見えなかった。それでも、なんとなく目鼻立ちや立ち姿が面影があるなあと思って調べ続けていたら、呉鑑泉の次女で、門人の李立蓀と結婚したのが呉俊華という名前だとわかった。どうやらこの呉俊華ではないかという気がするのだけれど、呉俊華については全く情報がなく、ましてや第六届全運会に出場したという記録を見たわけではないので、検証は今後の課題。

 

〇呉俊華の姉の呉英華 

「凛とした」という形容がふさわしいような風情

関連画像

出典:哪些长寿太极大师们的秘密。-兴趣部落

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出典:传统吴氏太极拳-吴英华演练_鲁缘太极|太极拳|吴式太极拳|山东太极|威海太极|东岳太极

 

〇呉俊華 については、以下のような文章でほんの少し出てくるのみ。

m.xzbu.com

 

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第五位の范之正は河北塩山出身(南京の人とも)で中央国術館の第一期生。雲南省武術協会のサイトの「雲南近代武術名家一覧表」のページに名前が見え、中華人民共和国では建国初期に雲南省武術隊のコーチになったようだけれど、『中央国術館史』の名簿では、「昆明电机修配公司 职工」(P.338)とされている。同じく中央国術館教授班第三期の張雲雷「昆明市业余武术队 指导」(同上)と結婚している。雲南や広西には、この人の伝えた三合剣が今でもあるんだろうか。

 

云南近代武术名家一览表(一) - 云南武术

何寧市武術館総教練・曽耀光のプロフィールに張雲雷の教えを受けたことが書かれている。

www.nnswsxh.com

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タイトルから外れてしまうけれど、以下は、女子摔角で優勝した上海チームの「美牛健麗」孟健麗についての情報。

孟健麗はベルリンオリンピックの国術代表団の選抜にも参加していたことがわかった。この点についてはまたの機会に。

 

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出典:

http://m.xrs.7788.com/s/detail_auction.php?d=2&id=14863617&az=z

「民国24年10月17日《号外画报》女射箭赛湖南王家桢、女摔跤赛胜者上海孟健麗、铁饼冠亚军上海的陈荣棠陈淑芳、…」

〇聶宜新編著『話説摔跤与上海』から孟健麗の紹介

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 上の記事にもあるように、孟健麗はスポーツ万能だったようで、以下のサイトには、1933年の雑誌『玲瓏』に掲載された、砲丸投げの入賞者4人の写真(競技会の名称は未確認)。左から2人目が孟健麗。同データベースにはほかにも複数の孟健麗の写真がある。

http://kjc-sv013.kjc.uni-heidelberg.de/frauenzeitschriften/public/magazine/page_content.php?magazin_id=3&year=1933&issue_id=178&issue_number=118&img_issue_page=36

 

 

ベルリンオリンピックの国術代表団

ベルリンオリンピックの国術代表団については、いちど寇運興についてメモしたけれど、少しずつ情報が集まってきたので、ここらで一度メモしておきたい。

 

まずはこの動画。3年ほど前に、FB上で発見して、こんな動画が残っていたのかと度肝を抜かれた。長らく、演武者の顔と名前が一致しなかったのだけれど、張文広の自伝『我的武術生涯』に主要メンバーの演目(メンバー選考後に決められた演目)が載っていた。

映像にでてくる順番から、

対擒拿 温敬銘と張文広

単刀槍 鄭懐賢と寇運興

双刀槍 鄭懐賢と張文広

空手進槍 温敬銘と張文広 

で間違いないと思う(注)。

 

www.youtube.com

張文広『我的武術生涯』は、メンバー選抜の経緯なども詳しく語られていて興味深かった。中央国術館から参加したメンバー以外の演目を詳しく記している一方でそれ以外のメンバーの演目については、以下省略、とされていて、扱いがちょっと低いようにも感じられた。このあたり、自分たちは中央国術館から選抜されたエリートなんだというプライドが垣間見える気もする。

 

(注)その後、「武術文史」のFBページに掲載された、7月25日の万国拳術表演台における表演内容をみると、単刀槍は寇運興と寇運興のペアというのが正しいように思えてきた。

ただし、冒頭の二人の拳術については、記事にあるように傅淑雲と劉玉華の「対拳」なのか、自伝にあるように温敬銘と張文広の「対擒拿 」なのか、やや判然としない。

なお、張文広『我的武術生涯』は7月25日の演武についての詳しい記述はなく、その2日後の7月27日の華僑学生による歓迎会の演武について思い出が記されている。

(この部分、2017年9月25日追記)

 

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この写真も、中央の女性3人は右から傅淑雲、劉玉華、翟漣源でよいとして、男性は右から温敬銘、鄭懐賢、一人おいて張文広、一人おいて寇運興、そのとなりが(ここだけやや自信ありませんが)張爾鼎、金石生(金麗貴)だと思われる。

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 出典:民國往事第一上電視的奧運會,1936年第十一屆柏林奧運會中國代表團The first on televis_台灣精武體育會_新浪博客

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女性三人の中で、傅淑雲、劉玉華ほどには取り上げられることのない翟漣源(上の写真では一番左)は河南大学で武術を教えていたらしい。

 

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出典:民国时期《号外画报》上的“奥运国术三女杰”

 

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出典:王広西『中国功夫

 

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出典:河南大学校友总会-河大学人

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金石生(上の写真では、劉玉華と翟漣源の間の人物)は、以下の記事の内容が正しければ、ベルリンオリンピックに参加した頃は本名の金麗貴を名乗っていたのかな。帰国後は西安で黄埔軍校西安分校、警察学校などで武術を教えていたらしい。新中国建国後は1979年の観摩交流大会で一等賞を得るまで、ごく普通の労働者として過ごしていた模様。

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出典:金丽贵【武术技击家】

画像に含まれている可能性があるもの:1人以上、屋外

出典:http://www.shaomoquan.com/ArticleShow.asp?ArticleID=92

 

sports.sina.com.cn

 

金石生がごく普通の労働者として帰国後の長い時間をすごしたように、メンバーの帰国後の人生は順調であったとは決して言えなさそう。

国民党時代のエリートであること、旧文化の代表である武術(国術)界のエリートであること、女性三人のうち少なくとも大陸に残った二人については、女性であることなど、さまざまな理由が折り重なってそれぞれに大変な苦労を重ねている。劉玉華などは、もう二度と武術はやらない、と何度も決意しては、武術の世界に舞い戻るということを繰り返していることが、寇運興の項でメモした動画や、雑誌『中華武術』1999年第9期のピンナップ記事から伺える。張文広の自伝にも、文革時代の苦労が一人称で綴られていた。この本は、イスラム寺院で武術を習い始めた幼少期から中央国術館、ベルリンオリンピック、中華人民協和国建国初期の武術政策の模索、文化大革命、改革開放後を経た武術の歩みが一人称で語られつつ、さらに二哥と慕う温敬銘や家族への親愛の情なども綴られたとても貴重な本だと思う。(ちなみに、温敬銘を二哥と言うとき、大哥は鄭懐賢、三番目が張文広で四番目は李錫恩。それぞれ四川(成都体育学院)、湖北(武漢体育学院)、北京(北京体育学院)、上海(復旦大学)に分かれて中華人民共和国の武術運動を支えている。)

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劉玉華の半生を紹介した雑誌『中華武術』1999年第9期のピンナップ記事。雑誌本体は捨ててしまったけれど、これは永久保存もの。

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ほとんど情報が得られていない張爾鼎については、引き続き頭の片隅に置いておこう。

 

〇関連メモ

zigzagmax.hatenablog.com

『西遊記2』など

人に誘われてツイ・ハークの『西遊記2』を観てきた。

www.youtube.com

 

ツイ・ハークの映画は2008年から2010年の中国駐在中に『女人不壊』を観て以来。『女人不壊』は武術とは全く関係ない3人の女性が主人公の映画だったけど、当時観ていた金庸原作のドラマ『雪山飛狐』(2007年版)で苗人鳳(苗大侠)を演じていた方中信が、うだつの上がらない感じの普通のサラリーマン役で登場して、あまりのギャップに驚いたことだけ覚えている。

西遊記2』は、往年の『蜀山奇傅 天空の剣』のワイヤーアクションやVFXをすべてCGに置き換えたような感じで、ツイ・ハークらしいといえばツイ・ハークらしい奇抜なビジュアルのなかに、チャウ・シンチ―の笑いとほろりとする要素の溶け込んだ不思議な映画だった。ネタバレになるので詳細は控えるけれど、互いに魅かれているのになかなか結ばれない男女という設定も、『チャイニーズ・ゴーストストーリー』や『黄飛鴻』に共通する、ツイ・ハークの得意な世界な気がする。

 

ここ数年、いろんな西遊記映画が作られているけれど、観ていないので比較はできない。

 

ツイ・ハークとチャウ・シンチ―のコラボレーションということでは、ツイ・ハークが監督したジェット・リー主演の現代ものの映画に、チャウ・シンチ―がジェットの弟子役で出演していたような気がしていたのだけれど、家に帰って確認したら、それは記憶違いで、ツイ・ハークが監督したジェット・リーの『龍行天下(邦題はハード・ブラッド)』にはチャウ・シンチ―は出ていなかった。チャウ・シンチ―が出ているのは似たようなタイトルの『龍在天涯(邦題はドラゴンファイト)』。この映画ではジェット・リーティ・ロン中国武術代表団としてアメリカに表演に来ていたのが、帰国前に兄弟子のティ・ロンが帰国を拒否して失踪し、ジェット・リーもそれに巻き込まれるというストーリー。公演のためにアメリカを訪れた少林武僧が失踪するという事件は実際に起きていて、この映画のストーリーはその辺からヒントを得ているのかもしれない。そういう意味ではなんともあの時代らしい生々しいお話ではある。

ツイ・ハークの作品では、ジェット・リーの『黄飛鴻』は文句なしの傑作ぞろいだけど、『ブレード 刀』のごつごつした感じも好き。

 

〇『女人不壊』予告編

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〇ドラマ『雪山飛狐』より、方信中(アレックス・フォン)VSアンソニー・ウォン

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〇『蜀山奇傅 天空の剣』

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ツイ・ハークジェット・リーの『龍行天下』

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『龍在天涯』よりジェット・リーティ・ロンの対練

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『龍在天涯』よりジェット・リーの刀術

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〇『刀/ブレード』

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第13届運動会、健身気功、競技規則など

天津で開催された中華人民共和国第13届運動会は、8月30日に套路競技、9月4日に散打競技が終了した。

公式サイトに出ている套路競技、散打競技の成績はそれぞれ以下のとおり。

套路競技

第十三届

男子长拳、刀术、棍术全能
1 山东 孙培原 29.130
2 江苏 吴照华 29.092
3 甘肃 常志昭 29.059
4 河北 栗志峰 29.032
5 山西 高晓彬 28.979
6 浙江 马家军 28.869
7 辽宁 甄海涛 28.852
8 甘肃 于雷 28.806

中华人民共和国第十三届运动会

 

男子南拳、南刀、南棍全能

1 浙江 王地 29.130
2 广东 李剑鸣 29.055
3 四川 李付魁 29.000
4 福建 李敬德 28.992
5 江西 刘忠鑫 28.959
6 解放军 杨富华 28.910
7 上海 梁飞 28.846
8 福建 梁永达 28.749

中华人民共和国第十三届运动会

 

男子太极拳、太极剑全能

1 福建 陈洲理 19.420
2 河南 马建超 19.400
3 北京 吕泰东 19.380
4 陕西 杨顺洪 19.369
5 广东 卢向成 19.292
6 陕西 钱康 19.176
7 山东 刘德文 19.150
8 广东 陈伟杰 19.142

中华人民共和国第十三届运动会

 

女子长拳、剑术、枪术全能

1 河北 阚文聪 29.130
2 安徽 赖晓晓 29.086
3 河北 郭梦娇 29.043
4 浙江 戚昕舣 28.979
5 安徽 王雪 28.975
6 山西 姚洋 28.929
7 江苏 王雅雯 28.909
8 上海 潘谢 28.800

中华人民共和国第十三届运动会

 

女子南拳、南刀、南棍全能

1 福建 陈惠颖 29.100
2 江苏 魏海玲 29.030
3 四川 刘津霞 28.956
4 浙江 赵文文 28.952
5 天津 李奕萱 28.946
6 上海 汤露 28.940
7 广东 魏红 28.910
8 解放军 吴倩彬 28.899

中华人民共和国第十三届运动会

 

女子太极拳、太极剑全能

1 天津 于萌萌 19.420
2 云南 李建芳 19.389
3 浙江 戴丹丹 19.323
4 河北 巨文馨 19.260
5 北京 朱淼 19.253
6 福建 刘芳芳 19.222
7 广东 梁壁荧 19.196
8 江苏 邢玉婷 19.186

中华人民共和国第十三届运动会

 

団体  

1 天津 58.125
2 浙江  58.041
3 江苏  57.915
4 山东  57.877
5 安徽  57.847
6 辽宁 57.821
7 河北  57.798
8 四川  57.722

中华人民共和国第十三届运动会

 

〇散打競技

男子90キロ級

1 陕西 许家恒
2 四川 尤雄
3 前卫体协 满建刚
3 山东 杨元飞
5 福建 王文忠
5 天津 韩祥达
5 广东 刘明志
5 江苏  蒋全

中华人民共和国第十三届运动会

 

男子75キロ級

1 四川 柳文龙
2 陕西 张坤
3 黑龙江 苗陈雷
3 河南 高上海
5 湖北 许永
5 安徽 沈李
5 山东 王玉虎
5 浙江 邹佳贝

中华人民共和国第十三届运动会

 

男子60キロ級
1 河南 孔洪星
2 河北 王雪涛
3 浙江 陈鸿儒
3 上海 江海东
5 安徽 王啸东
5 江西 万仁贵
5 山西 陈红兴
5 新疆 李勐凡

中华人民共和国第十三届运动会

 

女子散打は団体競技のみ

1 河南 李玥瑶 范千慧 贺晓朵
2 安徽 左佩佩 李志勤 李园
3 上海 章乱 蔡颖颖 苗玉杰
3 吉林 刘玲玲 王聪 孙倩玟
5 湖北 邱晓丽 王焰斐 王赢
5 河北 刘园园 戚玉梅
5 云南 代诗梦 王孟静 朱海兰
5 江苏 邱挑 孙雨荟 钟妍

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今回から、「健身気功」の「群衆比賽」の「団体項目」(プロではないアマチュアによる団体競技というようなこと?)が競技種目に加わったらしい。

競技は「健身気功·易筋経、五禽戯、六字訣、八段錦、気舞」に分けて行なわれたようで、優勝した天津チーム6名の一人に霍元甲の「玄孫女」、具体的には、霍元甲の二男三女のうち次男の霍東閣の長子・霍亜廷の孫にあたる霍静虹が含まれていたらしい。

 

sports.sohu.com

 

〇健身気功の競技の動画

video.zhibo.tv

 

〇霍静虹

www.youtube.com

 

霍元甲次男の霍東閣と系譜

 出典:百度百科

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baike.baidu.com

 

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今回で13回目を数える全国運動会

武術は、回によって競技として行なわれたり、表演という位置づけであったり、散打が加わったりしているけれど、第一届運動会から行なわれていて、最初の競技規則はこの全国運動会における競技を念頭に整備されたらしい。

戴国斌『新中国武術発展的集体記憶 一項口述史研究』には、蔡龍雲への3回に及ぶインタビューが25ページにわたって収録されているけれど、この最初の競技規則制定の様子が語られていてとても興味深かった。

それによると、(1)動作の数、(2)演武の時間、(3)動作の構成・規格 をどう揃えるか、というところが大きなポイントであったらしい。

動作の数については、当時普及していた「四路査拳」の動作がおおよそ51、2の動作から構成されているので、それより少し増やして55動作で固定、演武時間は、蔡龍雲と常振芳が(体調や気分によって演武時間が長くなるときもあれば短くなるときもあることを考慮して)何度もこの四路査拳を繰り返し演じて検証した結果「2分を越えてはならない」と定め、構成については、跳躍動作は5組以上、腿法は5組以上、3つの手型と5つの歩型、3種類以上の平衡動作を含む、というラインで定められていったらしい。

 動作の「規格」については、競技規則とは別に詳細な基準が作られ「武术基本动作应用术语」(未見)としてまとめられている。

 

跳躍技が主流になってくると、「助走」の歩数を制限する必要がでてきて、三歩と定められることなるけれど、これについて蔡龍雲が「華拳から持ってきたんじゃないよ」と断りつつバスケットボールのルールにある「三歩上篮」(日本語ではトラベリング?)を応用したものだと語っているところなど、特に面白かった。

 

その他、1953年の民族形式体育表演及競賽大会を経て編成された「国家隊」の顛末や、套路の本質をめぐる議論など、とても興味深かったけれど、別の機会にメモしたい。

総じて、このインタビューを読んで、蔡龍雲という人が中華人民共和国の武術競技の体系化に果した役割の大きさが改めて理解できた気がする。

 

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zigzagmax.hatenablog.com

 

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以下は、楊祥全、楊向東『中華人民共和国武術史』附録年表の全国運動会の部分。(赤字はウィキで補った情報)

 

1959年 9月13日至10月3日,第一届全国云动会在北京举行,设有武术比赛项目和表演项目。

1965年   9月11日至28日,第二届全国运动会在北京举行,武术为表演项目。

1976年   9月13日至25日, 第三届全国运动会在北京举行,武术被列为竞赛项目。

1979年   9月17日至28日, 第四届全国运动会在河北省石家庄市举行,武术为竞赛项目。

1983年   9月19日至27日, 第五届全国运动会在上海举行,武术为表演项目。

1987年   11月,在广东举行的第六届全国运动会上,武术正式列为比赛项目,设16块金牌。

1993年   第七届全国运动会武术项目有套路和散手,共设7枚金牌。

1997年   第八届全国运动会在上海举行。武术是唯一非奥运竞赛项目。(武術競技は四川で開催)

2001年11月 中華人民共和国第十届運動会 (於 広州)

2005年   10月13至15日,中华人民共和国第十届运动会武术比赛分别在江苏省南京市(套路比赛)和连云港市(散手比赛)举行。在本次全运会中武术项目的金牌数量添加到21块,其中套路12块,散打9块。

 

2009年 十月 中華人民共和国第十一届運動会(於 山東) 套路(濱州)、散打(菏澤)

2013年 8月-9月 中華人民共和国第十二届運動会(於 遼寧) 套路瀋陽)、散打(遼陽) 12小項

 

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ついでに、第1届~第12届までの成績

(第1届、第7届部分は『中国武術百科全書』。第3届~第6届部分は『中国武術大辞典』より。第10届以降はインターネットより。第2届、第8届、第9届の情報は暫時欠落。)

 

第1届

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第2届 暫時欠落・要確認

 

第3届

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第4届

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 第5届

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 第6届

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第七届

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第8届 暫時欠落・要確認

 

第9届 暫時欠落・要確認

 

第10届 

男子

项目 金牌 银牌 铜牌
男子自选长拳 赵庆建北京 杨屿泓上海 刘智勇山西
男子自选太极拳、太极剑全能 周斌福建 黄颖祺福建 宁彪内蒙古
男子自选南拳、南棍全能 郑磊石解放军[1] 吴财宝广东 谢孚琰云南
男子自选剑术、枪术全能 韦剑上海 马国亮浙江 赵焜河南
男子自选刀术、棍术全能 袁晓超山西 赵庆建北京 赵杰河北
男子对练 王延松
程润坤
朱海楠天津
左长辉
马进文宁夏[2]
唐林灿
陆国军
谢远航广西

女子

项目 金牌 银牌 铜牌
女子自选长拳 梅寒辽宁 赵诗山西 马岚河南
女子自选太极拳、太极剑全能 崔文娟解放军[3] 张芳广东 李瑾陕西[4]
女子自选南拳、南刀全能 毛亚琪浙江 张春艳浙江 王林广东
女子自选剑术、枪术全能 张春艳浙江 赵阳阳河南 马灵娟安徽
女子自选刀术、棍术全能 曹静山东 王晓娜北京 刘晓蕾北京
女子对练 张丽
曹丽
樊静江苏
方秀娟
王菊
李雪天津
付丽娜
董鹏河北

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散打

奖牌分布情况

项目 金牌 银牌 铜牌
男子50公斤级

石旭飞(浙江

陈龙(陕西 何光荣(四川[1]
男子58公斤级 于飞彪(四川[2] 张亭宾(江苏 李海明(广东
男子67.5公斤级 邰普庆(江苏 韩玉柱(北京 赵光勇(上海
男子77.5公斤级 郑裕蒿(浙江 郑伦(江苏 边茂富(广东
男子87.5公斤级 青格勒(前卫) 薛凤强(北京 于锦(新疆
男子+87.5公斤级 吴松录(安徽 杨明明(浙江 王强(宁夏[3]
女子小团体 张宇洁
李俊丽
夏瑞新(河南
秦力子
吴钞来
孙会(上海
刘娜
胡艳杰
宋玲(安徽

中华人民共和国第十届全运会武术散打比赛 - 维基百科,自由的百科全书

 

第11届

奖牌分布

男子[编辑]

项目 金牌 银牌 铜牌
长拳 赵庆建 (北京) 袁晓超 (山西) 孙培原 (山东)
太极拳、太极剑全能 周斌 (福建) 吴雅楠 (陕西) 黄颖祺 (福建)
南拳、南棍全能 黄光源 (广东) 欧夏生 (广西) 李付魁 (四川)
剑术、枪术全能 韦剑 (上海) 赵焜 (河南) 苏保成 (天津)
刀术、棍术全能 吕勇绪 (山东) 袁晓超 (山西) 孙培原 (山东)
对练 史龙龙
吴晓龙 (江西)
黄宝光
马进文
左长辉 (宁夏)
韩晋
王超
王明强 (重庆)

女子

项目 金牌 银牌 铜牌
长拳 曹静 (山东) 刘晓蕾 (北京) 马岚 (河南)
太极拳、太极剑全能 崔文娟解放军[4] 于萌萌 (天津) 吴雪琴 (湖北)
南拳、南刀全能 毛亚琪 (浙江) 魏红 (甘肃[4] 林霞 (福建)
剑术、枪术全能 马灵娟 (安徽) 阚文聪 (河北) 赵诗 (山西)
刀术、棍术全能 曹静 (山东) 刘晓蕾 (北京) 马岚 (河南)
对练 冯凯杰
张欣怡
刘晓慧 (天津)
张丽
纪泰菁
沈光美 (江苏)
阎小乐
李林
许其格 (辽宁)

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第十二届

团体冠军 浙江队

男子长拳、刀术、棍术全能冠军 北京队 王曦

女子长拳、剑术、枪术全能冠军 河北队 阚文聪

男子南拳、南刀、南棍全能冠军 广东队 黄光源
女子南拳、南刀、南棍全能冠军 福建队 林凡
男子太极拳、太极剑全能冠军 陕西队 吴雅楠
女子太极拳、太极剑全能冠军 天津队 于萌萌

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