中国武術雑記帳 by zigzagmax

当世中国武術事情、中国武術史、体育史やその周辺に関する極私的備忘録・妄想と頭の体操 ※2015年2月、はてなダイアリーより移行

李際春

 この春の塘沽停戦協定以来、 冀東地区ではたえず関東軍の挑発工作がつづけられた。まず土匪の李際春がいく千かの手兵をひっさげて親満義勇軍の旗を掲げ、灤東地区で挙兵した。灤東地区とは鮎のとれる灤河から山海関までの間である。つづいて匪賊の老耗子が挙兵した。いずれも関東軍の紐つき匪賊である。一時はこれに灤州一帯の匪賊が相呼応して立ち、関東軍の虎の威をかりて大挙河北省内へ雪崩れこもうとしたので、省主席であり京津警備指令である于学忠も、堪りかねこれに銃火を浴びせて掃蕩した。しかし、その後もこの日本の保護領同様灤東地区を利用して、関東軍の紐つき小匪賊らがたえず蠢動し、于学忠の神経を悩ませた。

 

以上は、川合貞吉『ある革命家の回想』からの引用(徳間文庫版P.335)。

 

ある革命家の回想 (徳間文庫)

ある革命家の回想 (徳間文庫)

 

 

 ここで名前の出ている土匪の李際春とは、のちの瀋陽銀行総裁にして李香蘭の「義理の父」、「李際春将軍」その人。李香蘭の伝記『李香蘭 私の半生』では、「山東省に勢力を持っていた親日派軍閥で、奉天特務機関長・土肥原賢二大佐に協力し、満洲国建設や関東軍華北工作に積極的に参加した人物」(P.38)と記されていて、「関東軍の紐つき小匪賊」とはかなり印象が異なる。立派なカイゼルひげをはやして、「長女の私を自分の娘のように可愛がってくれた」(P.34)という。

 

李香蘭 私の半生 (新潮文庫)

李香蘭 私の半生 (新潮文庫)

 

 

 溥儀の天津脱出は、まさにこの李際春が便衣隊隊長として混乱を生じさせたドサクサにまぎれて行われたとされる。

 

 あえて、李際春このブログでメモしておこうとおもったのは、中国版ウィキによると、李の父は滄州出身の回族で、武術家として捕り手(捕快)をつとめた経歴があり、李際春は幼いころにこの父から武術の基礎を叩き込まれた、などと紹介されているため。

 この情報の出処を含めて、それ以上詳しい情報はいまのところないものの、滄州出身の回族武術家というのは、かなり気になるポイント。

 李際春で検索すると、アジア歴史資料センターのいろんな文書がヒットするけれど、いまのところ、これ以上深く調べる予定は無し。

zh.wikipedia.org

 

ちなみに、上記の天津動乱で李際春が便衣隊隊長であったときの副隊長だったといわれているのが張璧。(上にリンクを貼った李際春の中国語版ウィキのページにも記載あり。)この人は、武術史上は、王薌齋の武術を大成拳と名付けたことで知られ、青幇の「大」字輩でもある。

 今井武夫『昭和の謀略』などは、「天津における土肥原は、張学良に反対する河北治安維持会の張璧らを裏面から指導して、十一月八日天津の中国公安局を襲撃させて擾乱を起こし、居留民保護を口実にして、支那駐屯軍の出陣を誘った。そのあとで日中両軍の対戦衝突を煙幕にし、溥儀の脱出をはかって成功したわけである」と記し、この事件の協力者を張璧に代表させているようにも見える。

 他方、劉正『民国名人張璧評伝』は、天津の桑島総領事が外務省宛に送った電報等をもとに、張璧は事前にこの計画を張学良の弟の張学銘に流し(張学良側に寝返り)、事件当日に張璧は天津にいなかったので、事件に関与しているはずがないとしている。ただ、天津を離れた張璧が逃げた先が大連で、その後(青幇の拠点の?)上海に向かうとはいえ、関東軍板垣征四郎とも会っているようで、実際はどういう関係であったのか、まだ十分に解明されていないように思われるけれど、このブログとは余り関係ないので、疑問を呈するのに留めておく。

 

 *******

なお、余談ながら、李香蘭が世話になった映画人・川喜多長政の父・川喜多大治郎は軍人で、日露戦争に出征したあと、1906年には保定武備学校の教官として赴任。任期満了後も袁世凱に引き留められて顧問になった由。ところがその後、1908年に、軍の機密漏えいで逮捕されようとしたところ、「清竜刀」を抜いて抵抗、射殺されたのだという。

 中国のネット上には、川喜多大治郎に同情してか、病床に付していた川喜多のところを官憲が訪れ惨殺したと書いてあるものもあるけれど、詳細はよくわからない。

 アジア歴史資料センターの「清国駐屯軍 川喜多大治郎逮捕に関する件」と題する300ページを超える原典資料があるので、これを読めば何か明らかになるかもしれないけれど、当面、こちらも深入りする予定無し。ただ、満州国華北分離工作については、もう少し勉強を続ける予定。

ja.wikipedia.org

川喜多大治郎について紹介する中国のサイトの例

www.ifuun.com