中国武術雑記帳 by zigzagmax

当世中国武術事情、中国武術史、体育史やその周辺に関する極私的備忘録・妄想と頭の体操 ※2015年2月、はてなダイアリーより移行

李健吾、李新吾など

ウォン・カーウァイはあんまり好きではないので、『グランドマスター』もあんまりまともに見たことはないけれど、この作品に出てくる八極拳家「一線天」の原型は、劉雲樵と李健吾の「混合体」ではないか、などと言われる。

真实民国武林宗师:谁曾传功毛泽东

 

李健吾と言う人物については、出身地である南皮の政協南皮県委員会編著『南皮 千年文化古県系列叢書 伝統武術巻』附録の「嘗為溥儀、毛沢東蒋介石、曹錕等歴史名人警衛的南皮武師」に短い紹介がある。それによると、集来頭村の出身で1895年生まれ、もともと太祖長拳を学んでおり1926年に李書文に拝師して八極拳を学んだという。1930年9月に共産党に入党、中央警衛教導大隊の配置になり1935年に教導大隊が延安に入ると、毛沢東ら党中央の警護を担当する。

 

劉雲樵の父が李書文を招き、劉雲樵が3年にわたって指導を受けたのは、上掲書によると劉雲樵8歳のころなので、1915年から1918年くらいのことになるのだろう。徐紀は、このとき、李健吾がともに李書文に学んでいたと記している。ふたりは同郷なので、それもありえないことはないと思うけれど、ではなぜ李健吾の拝師が1626年だったかというのがやや気になる。劉雲樵が李書文の最後の弟子ならば、正式な拝師は、それよりも後ということになるのだろうか。

 

ちなみに、李健吾のもとの名を王暁峰であると記している記事がある。たしかに南皮出身の王暁峰という八極拳家がいるけれど、これは誤りだろう。王暁峰については、やはり前掲書に伝があり、それによれば鮑官屯鎮張旗屯村の出身で、李書文ではなく、李書文の弟子である王淑江の弟子。王暁峰は王淑江から三年にわたって学んだあと、のちに秦皇島市で洪賓魏(魏洪恩の弟)から羅疃の八極拳を学んでいる。この人も、日中戦争の頃、李新吾の仮名を名乗っていたようだけれど、李健吾と名乗ったとは書かれていない(笑)。

このあたり、いろんなことがごちゃごちゃになっているような気がする。

ちなみに、 魏洪恩は秦皇島市の開灤倶楽部で八極拳を教えたらしいけれど、この開灤倶楽部と、王連峰が八極拳を伝えた開灤鉱務局とは関係ないのかな?以前にメモした北寧国術会の設立三周年の記念大会では、「開灤鉱務局倶楽部」も参加しており、表演内容の中に八極拳も見られる。

 

〇王暁峰

出典:【图片】七代先贤王晓峰(1912--1994)(名茂林,抗战化名李新吾)【八极拳吧】_百度贴吧

 

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