中国武術雑記帳 by zigzagmax

当世中国武術事情、中国武術史、体育史やその周辺に関する極私的備忘録・妄想と頭の体操 。頭の体操なので、たまたま立ち寄られた方は決して鵜呑みにしないこと(これ、肝要)※2015年2月、はてなダイアリーより移行

張之江『東遊感想録』

以前にメモした、張之江『東遊感想録』、その後の調べて駒込東洋文庫に所蔵されていることがわかったので、閲覧に行ってきた。

 

 ■朱培徳の題字は「張之江先生東「游」感想録」だけど、本文の方は「東「遊」感想録」になっている。このメモでは「東遊感想録」で統一した

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全体は、以前にも書いたように三つの部分、すなわち、(1)日本文化と社会についての感想、(2)第9回極東選手権大会についての感想、(3)国術についての感想、にわかれている。

 全文をコピーすることができなかったので、前半部分は簡単なメモをもとにしてざっくりメモしておくと(注)

(1)の部分では、日本人が漢籍に親しんでいることや、日本社会の規律の正しさ、実業の発展ぶりと、それをささえる教育、公民意識の高さについて感想が述べられている。

(2)では、今大会ではまだ中国選手の活躍が目立たないことにふれつつ、今後振興してゆくべきスポーツとして、水泳や野球、長距離走についてコメントされている。

 水泳については、河川や海岸線で他国と接している中華民国において、水泳を発展させることは、単に体育の点からだけでなく、国防上からも重要という、軍人らしい観点からの指摘だった。

 野球についても同じで、この競技に精通すれば、手榴弾を目標に命中させるのも難なく、日本における野球の人気の裏には、政府による国防上の配慮があるに違いない、と感想を述べている。

 

我思之、我重思之、故彼政府、於此特為激揚、是大有故在・・・若用之於近戦襲、肉搏相接、以鍛錬有素者、抛手擲弾、命中非難、奏功必偉、此有益於戦時也、・・・日本可謂能寓戦術於運動、其推行野球、普及全民、深心可知・・・

  ※漢字は現在の当用漢字に適宜修正 以下の引用も同じ

 

 以上のような理由から、野球のことを、スポーツとしてもすぐれているだけでなく戦争にも応用できる「体用兼備の運動であって、その含意深長たるべし(体用兼備之運動、含意可為深長・・・」と書いている。 

 

 このあたり、いささか深読みすぎではないかという気がしたのと、こういう文脈で「体用兼備」という表現を使っているところが興味深いと思った。いや、もっと正直にいうと、通備拳という命名の背景にある「理象会通 体用具備」ということばに、多少ともロマンを感じてきたところがあるので、野球が体用兼備のスポーツであるという表現になんだか少し抵抗を感じてしまう。

 この項の最後では、中央国術館の館長にふさわしく、将来いかなる種目を身につけるにしても、国術の鍛練をとおして基礎的な身体能力を高めておくことが役にたつ、というようなことを書いている。(戚継光が紀效新書で拳法そのものは戦に預かるものではないが、初学入芸の門であると位置づけていることを意識していたに違いない。)

 

 (3)が一番興味があった箇所だけれど、中国の国術に類似したものとして、日本には相撲と柔道がある。相撲は裸身でぶつかりあうもので、現代社会では存在の必要がない。日本人がいまでもこれを伝えているのはいにしえの風尚と固有の精神を守るためである。その伝統を重んじる心は軽視すべきではない、などと観察が述べられる。

 日露戦争後、柔道(と劈刺術)は軍隊だけでなく学校でも採り入れられ、軍国民教育の一端を担っているが、柔道もその起源を窺えば、我が国の国術のなかの摔角一科である。(国術の一科目である摔角にすぎない)柔道だけでこれだけの効果をあげているのだから、今後、国民全体に国術を推進することができればその効果は計り知れず、全力をもって取り組むべきだと、今後の国術普及に意欲を示している。普及にあたっては、門派ごとの偏見・対立を超えて、柔道のように技を公開し、互いに研鑽してゆく必要があることを述べている。

 

 ・・・日本柔道進歩之速、尚有一十大原因、曰毫無自私之習是已、蓋吾国国術不振、泰半坐於門戸之見過深、派別之分太厳、以致互排互嫉、相秘相攻、数千年来、此風未冺、古学不墜、其危如縷、所以中央国術館之使命、首先化除宗派畛域、誠鑑於此習、囿於封建思想、醸成自私流毒、為国術本身最大之要害、唯一之致命傷也。此而不根本剷除、国術永無発揚光大之一日、今観日本人教授柔道之熱誠懇切、尽量公開、与夫従学者之痛下苦工、精益求精、既無保守秘密之悪風、亦無驕吝嫉忌之陋習、彌感覚国内宗派門戸之見、為害学術進歩、甚深且鉅、故不能不反復申言、大声疾呼、作迷途之棒喝。

 門派主義が中国武術界の最大の要害にして唯一の致命傷だとして、現在の中国武術界をどうとらえるべきだろう。 

 

 ところで、この訪日の際に随行した武術家が、柔道家と御前試合をしたという話については『東遊感想録』では一言も触れられていなかった。この御前試合について書かれたものは、柔道家が真っ赤な和服(道着のことか?)を着ていたという点を含めて、極めて信憑性が低いように思えるので、噂の出所が館長の訪日記録ではないことが確認できて、ちょっと安心した。おそらくは、話を盛り上げるためにどこからか湧いてきた噂にすぎないのだろう。

 

 

 以前にはりつけたのと同じ張之江の「太極拳

www.youtube.com

 

以下は、キリスト教徒としての張之江について紹介した記事と動画。

phtv.ifeng.com

 

(注)全体として、15ページぐらいでたいしたボリュームではなかったので、コピーのとれなかった前半部分もノートに書き写すことも可能だったのでは、と後から反省。