劉文兵『中国映画の熱狂的黄金期――改革開放時代における大衆文化のうねり』
新書『中国10億人の日本映画熱愛史』などでおなじみの劉文兵氏の新著。
新中国におけるカンフー映画の先駆は、劉暁慶主演、1980年公開の『ミステリー仏陀』(原題『神秘的大仏』未見)というのは知らなかった。
大陸におけるカンフー映画は、香港と大陸の合作『少林寺』(1982)が火付け役になって武術ブームが到来、『武林史』や『武當』、日本でも劇場公開された『水滸伝』なんかが作られてゆくという流れかと思っていた。もちろん、そういう理解で大筋間違いないのだと思うけど、大陸におけるカンフー映画の復活自体、『少林寺』からたった2年前の出来事だったとは。
ところで、女性ヒロインによるカンフー映画・「女剣劇」の歴史は古く、『火焼紅蓮寺』(1928)にまで遡る。大陸でカンフー映画が作られていなかった時代も、香港や台湾では女性ヒロインによるアクションものは数多く作られている。わが国でいえば志穂美悦子の女ドラゴンものがそれにあたるのか。
『ミステリー仏陀』によって大陸で復活した「女剣劇」、日中合作の怪作『侠女十三妹』(村川透と楊啓天の共同監督 『少林寺』のヒロイン、丁嵐が主演 かすかな記憶では、『武林志』で主役を務めていた李俊峰がヒゲモジャの悪役を演じていた気がする)や、テレビドラマだけど『萍踪侠影』もこの系譜に属するんだろう。
劉暁慶は、これまで3回自伝を出版しているけれど、最初の自伝は日本語版が出ているほか、日本ではそのほか『毛沢東を超えたかった女』(未見)という彼女の伝記本が出版されているけれど、劉氏の本では、毛沢東ではなく、鄧小平と比べられているところが面白い。どっちにしても、国家指導者並みに知られている女優さんということなのだろう。
本書ではもう一点、社交ダンス、ディスコ、ブレイクダンス等について考察しているところが面白い。
ダンスブームは、筆者によると、文化大革命時代の「決まりきった身振りのコードから解放されたいという欲望」に基づく。
決まりきった身振りのコードとは、「両腕を高く前の方へ伸ばせば、それは毛沢東への忠誠心を表し、片足を半歩前に出し、膝を曲げ体重をかけ、肘を水平に前方へ突き出せば、「毛沢東の指導の下で前進せよ」という固い意志を表し、片手を斜め上へ上げ、希望に満ちたまなざしでその先を見やれば、共産主義社会の明るい未来像が見えることを表す」ような、「特定の「思想」的意味と表裏一体となってステレオタイプ化された」身振り手振りの体系をさす。それは、「統一された動作によって革命精神を身体化し、人民に覚えこませようという当局の意図」によって作られたものであった。
その当時、人々はわずかに万病に効くという「甩手療法」によって無意味に手を振ることで、決まり切った身振りのコードから抵抗をはかったが、「この無意味な動作は、当然当局には認められず、「革命運動から逃避しようとする分子や、階級の敵による仕業」とさえみなされた」(以上の引用は概ねP.79から)という。
文化大革命の終結に続き『少林寺』が武術ブームを呼び起こした背景には、こうした「甩手療法」やダンスブームと同じ深層心理が働いているのかもしれない。・・・そう考えたほうが面白いので、そういう理解にしておこう。
社交ダンスについて、もう一点面白いのは、中国における社交ダンスには、「二〇世紀前半のモダニズム時代や、一九五〇年代、文化大革命時代といった複数の〈時間〉が刻まれて」いるという指摘。作者によれば、社交ダンスは、その時々によって、先進的な文化として好まれたり、植民地・資本主義時代の遺産として否定されており、その「記憶」が中国における社交ダンスそのものの中に刻まれている。同じことは武術についても全く当てはまり、(上手くいったかどうかは別として)実戦性を追求した「国術」の時代、その反動としての「唯技撃論批判」や社会主義的「身体文化論」の中で新しい武術像が模索された時代、改革開放以降、アクロバット化を追求する時代など、武術の型そのもののなかに、過去100年あまりのなかで中国武術が歩んできた歴史が刻まれている気がする。
中国映画の熱狂的黄金期――改革開放時代における大衆文化のうねり
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