中国武術雑記帳 by zigzagmax

当世中国武術事情、中国武術史、体育史やその周辺に関する極私的備忘録・妄想と頭の体操 ※2015年2月、はてなダイアリーより移行

『籌海圖編』、備前刀など

4月のはじめに通勤電車の中で読んでいた本で、明代の『籌海圖編』(注)に、日本刀の名品について記された箇所があると出ていたので、その晩、家に帰って、インターネットで調べたら、巻二に「上庫刀」と「備前刀」について記された箇所を見つけた。

それで喜んでいたら、翌朝の新聞に、静嘉堂文庫美術館で同館所蔵の備前刀の展示が行われるとの広告があった。

偶然が重なったのをこれ幸いと、ゴールデンウィークの終わりに見にこの展示を見に行ってみた。

最寄り駅(二子玉川)から、さらにバスに乗る必要があり、アクセスがそれほどよくないせいか、大型連休中だったけれどさほどの混雑もなく、音声解説を聞きながらゆっくり堪能することができた。

 

静嘉堂文庫美術館備前刀展

静嘉堂文庫美術館 | 開催中の展覧会・講演会

 

『籌海圖編』では、当時の日本刀の中で、備前刀は日本各地から集められ「山城の国」の倉庫に保管されている「上庫刀」に継ぐ名刀で、刀身に「血漕」がある、とか、龍や八幡大菩薩や春日大明神や天照皇大神宮が鑿たれている、と記されている。今回見た備前刀の中には、一部、刀身の峰に近いところに溝が掘られているものがあり、これが「血漕」のことかな、と思わせるものがあったほか、刀身に模様が鑿たれたものもあったけれど、龍や八幡大菩薩などが鑿たれたものはなかった。

これらの特徴を有するものは、備前刀の故郷である岡山の、「備前長船刀剣博物館」に行ったら見ることができるのかな。

 

〇 欽定四庫全書 籌海圖編巻二 より

出典:Kanripo 漢籍リポジトリ : KR2k0081 籌海圖編-明-胡宗憲

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備前長船刀剣博物館の公式ページ

備前おさふね刀剣の里 備前長船刀剣博物館/瀬戸内市ホームページ

 

 なお、『籌海圖編』では「上庫刀」の中でも「寧久」と号するものが良品として代々伝えられていると紹介されているけれど、このような銘の刀について、その存在、評価を含めて、詳細は未確認。  

 

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ちなみに、この展示を見に行くきっかけになった本は、劉良政『明清徽州武術研究』。

明代の少林寺で学んだ程宗猷(冲斗)・程子頤の叔父・甥とその著作についての紹介、『清史稿』に伝のある当地の武術家の紹介や、当地の武術について言及している史書・古典小説・戯曲が紹介されていて、いろいろとヒントが得られた。

たとえば、明清時期に地域防衛のなかで民間の武師を招いて、指導を行わせる際の契約書にあたる「関書」が、王振忠の研究によりつつ何種類か紹介されているけれど、そこでは武師の側の義務として、誠実に指導をすることが定められていたりして、面白いと思った。

ただ、当地の武術の形成に影響を与えたと思われる倭寇の取り扱いがやや通り一遍で物足りないと思った。

倭寇に対抗するためにさまざまな武技が工夫されたのはその通りだと思うけれど、その一方で、倭寇によってもたらされた倭刀の技法自体、この地方には確実に浸透していたと思われ、だからこそ程宗猷は劉雲峰からこれを学ぶことができたのだと思う。

倭寇由来の武技に加えて、程宗猷(冲斗)・程子頤の叔父によってもたらされた少林武術はこの地に一定程度普及していて、これらが混ざり合ってこの地の武術を作り上げていったと思われ、掘り下げてゆけばまだいろいろと興味深いことが浮かび上がってきそうな気がする。

この辺の倭寇の取り扱いについては、中国語で書かれたものは、どうしても当時の日本人の侵略行為に対抗する愛国主義的抵抗という観点に縛られるのか、そうした観点から自由な日本の研究者の論文を参照したほうがよいかもしれない。 

 

ちなみにこの本では、『籌海圖編』を胡宗憲の著作としているけれど(漢文リポジトリのデータの登録も同様)、ウィキに書かれているところをみると、本当の著者は鄭若曽らしい。この本の著者はそのことに言及しておらず、胡宗憲の著述として論を進めていた。

逆に、このメモを書くにあたって改めて参照してみた加来耕三『刀の日本史』では、『籌海圖編』をただしく鄭若曽の著作と紹介し、当時の日本人が刀の材料として「鉄鍋」「鉄練」(茶壷をかける鉄具)を欲したことをあげておりながら(P.126)、明国人から見た、日本刀の名品に言及されている箇所(上記の「上庫刀」や「備前刀」)についてスルーされているのは残念。

胡宗憲 - Wikipedia

 

刀の日本史 (講談社現代新書)

刀の日本史 (講談社現代新書)