中国武術雑記帳 by zigzagmax

当世中国武術事情、中国武術史、体育史やその周辺に関する極私的備忘録・妄想と頭の体操 ※2015年2月、はてなダイアリーより移行

ダニエル・S・ レヴィ『孫文を守ったユダヤ人―モーリス・コーエンの生涯』など 

過去に、読みたい本としてメモしていた本の中で、最近読む機会があった本と、たまたま眼にとまって読んだ本についての備忘録。

 

 

1.『孫文を守ったユダヤ人―モーリス・コーエンの生涯』

 書架には出ていないものの、実は地元の図書館の書庫にあることがわかり読んでみた。

このブログの観点からは、期待したような情報は得られなかったものの、ポーランドで生まれて、ロシアによるユダヤ人迫害を逃れて家族でイギリスに移住、職業訓練学校を卒業したあとにカナダで農園の仕事につき、その後もサーカス団や不動産販売などの仕事を転々としているうちに現地の華僑と親しくなって結社の一員となり・・・という波乱万丈の人生はそれだけでも読んでいて面白かった。

翻訳は大変な作業だったと思うけれど、ところどころ明らかな誤訳や、誤植が多いのが気になった。

たとえば、ページまでメモしなかったけれど、共産党が長征して至った先が陝西省ではなくて山西省になってしまっていたのは明らかな誤訳だと思う。(陝西と山西はアルファベットで書くとともにshanxiとなってしまうため前者は通常 shaanxiと表記される。)

また何度か出てくるジーゴンタン(ジーコンタンとかかれているところもあり表記のゆれも見られた)は普通に致公堂と表記すればよかったと思う。

 

このブログの観点から、若干興味深かった点として、一九二三年の秋に孫文の護衛の一人になったファン・リャンという人物はコーエンにボクシングの技術を習ったのだという。

ファンは「私の知っているボクシングは全部コーエンから教わったものです」といい、さらに「まず、拳骨で敵と戦う。どうしても相手を倒せない時こそ銃を使うのである。最初は使わない。どんな場合でも最初から銃を抜いてはいけない」 、「諸君が銃を抜けば、関係のない人まで撃ちかねないのだ」というコーエンの言葉を紹介している。コーエンはイギリスにいたまだ9歳のころ、なんどかプロボクサーとしてリングにあがっている(上巻70ページ目くらい。)

 

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2.『喬家大院』

 少し前に話題になったドラマの原作。小説の帯には「清朝末期、銀行制度の礎を築いた男の壮絶な物語」とあり、丹念な取材に基づく伝記小説のようなものを予想していたのだけれど、実在の人物を利用した武侠小説と似たような印象だった。とくに女性登場人物の描かれ方、支離滅裂ぶりな痴情のもつれっぷり(それはそれで面白かった)は武侠小説とよく似ている気がした。

 特に、登場人物表の中に「戴二閭」が出てくるので、どんな活躍をするのか期待していたのだけれど、あまり活躍しないうちに卒中で倒れてしまった。もし活躍していたとしても、あまり実在の戴二閭の理解いは役に立たなかっただろう。

 以下の記事(『喬家大院』と形意拳術」)によると、喬致庸が招聘したのは戴二閭ではなくて李復貞で、喬致庸は孫の喬映霞(字は錦堂)、映庚に武術を学ばせたらしい。

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李復貞の弟子のうち陳際徳については以前にメモした。

 

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 益晋染織有限公司を作って、女工たちの体操に戴氏形意拳を導入したという喬殿森は同じ祁県の人の喬姓の人だけれど、血縁関係はないのかな?

 

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なお、以下の写真は、小説とは関係ないけれど、光緒三十三年(明治四十四年)に山西商人が神戸に開いた両替屋の支店の帳簿とのこと。

出典:北京晋商博物馆

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3.『横浜中華街 世界最強のチャイナタウン』

 これは、上の2冊とは違って、たまたま目にとまったので読んでみて、意外な情報を見つけた例。

 第二次大戦後、「戦勝地帯」であった中華街は「日本の警察は手を付けることができない一種の治外法権状態」で、CAという自警団組織が街の警戒にあたっていたが、その隊長にあたる梁次如という人物は「横浜中華公立学校の元教師で、上海市の精武体育会で武術を修めた武術家だった」(P.142)とのこと。

 

精武体育会でいつ、だれに、どのような武術を学んだのかはよくわからない。

 

大陸で文化大革命が始まると、中華街でも、本国の紅衛兵を模倣した学生運動が起こったらしい。

 紅衛兵たちは、学校事件で国民党系を支持した華僑や横浜中華学院の教師、関係者も攻撃しはじめた。中華学院の生徒たちの中には、紅衛兵の攻撃から身を守るために、中華民国留日横浜華僑総会に隣接する練心舘道場で空手の練習をはじめる者もいた。

 紅衛兵のごとく中華街で暴れまくる華僑青年から街を守り、身を守るために、中華民国留日横浜華僑総会は、練心舘の三代正廣に少林寺流空手道の指導を依頼した。

 三代練心舘長の話によると、日中国交樹立以前の横浜中華街では、深夜になると連日のように紅衛兵たちによる暴力事件が続発していたという。

 特に十月一日の中華人民共和国の成立を祝った「国慶節」と中華民国の建国を記念した十月十日の双十節までの10日間の荒れようはひどかったという話である。P.178

 

 

なお、この本によると、日本の警察制度は陸奥宗光が香港警察を参考に確立させたものとのこと(P.88)。日本風に整理された警察制度が川島浪速を通じて清朝に参考にされたと考えたらよいのかな。

 

 

横浜中華街―世界最強のチャイナタウン (中公新書ラクレ)

横浜中華街―世界最強のチャイナタウン (中公新書ラクレ)