中国武術雑記帳 by zigzagmax

当世中国武術事情、中国武術史、体育史やその周辺に関する極私的備忘録・妄想と頭の体操 。頭の体操なので、たまたま立ち寄られた方は決して鵜呑みにしないこと(これ、肝要)※2015年2月、はてなダイアリーより移行

2017年「全国先進武術之里」「全国群衆体育(武術)先進単位」表彰大会など

最近のニュースから、地方武術協会・武術運動管理中心関係で気になったものを順不同でメモ。

 

1. 「全国先進武術の里」「全国群衆体育(武術)先進単位」表彰大会

12月24日、江蘇省太倉で、2017年「全国先進武術の里」「全国群衆体育(武術)先進単位」表彰大会が行われた。

この表彰活動がいつから行われていたのか未確認だけれど、

2017年の「全国群衆体育(武術)先進単位」には滄州市武術協会、徐州市武術協会、河南省武術協会、湖南省武術協会、河南塔溝武術学校が選ばれている。

承楚汉雄风 铸武林辉煌 徐州武协获先进武术之乡双喜临门 ——中国武术在线 武林动态

「全国先進武術の里」の方は、リストを公表した記事がまだ見当たらないけれど、

滄州(河北)、温県、登封、義馬(以上3つは河南)を含む10か所の「武術の里」が選出されている模様。

 

2.雲南
雲南武術精鋭百強譜』なる本が近く出版されるらしい。具体的な人物に関する情報が沢山載っていそうなので、出版されたらぜひとも入手しておきたい。

yn.yunnan.cn

 

3.河北
河北省でも『河北省志・武術志』が来年完成の予定らしい。これもお手頃な値段であれば、ぜひとも資料として入手したい。

《河北省志•武术志》即将编纂完成_河北新闻网

 

4.河南

4-1 開封
河南省独自の動きというわけではないけれど、武術運動管理中心の重点研究項目の一つに民間流派の師範の呼称の規範化と管理の問題があるようで、中心人物である河南大学武術文化研究所所長の栗勝夫による報告会が開封で行われたらしい。記事によると、栗勝夫は民間の武師を、育成した学生の数、各種の競技の受賞状況、著述の発表数、その他の内容をもとに「拳師」、「二級拳師」、「三級拳師」の三段階にわけて表彰することを提案したらしい。この評価基準だと、家伝の武術を「一子相伝」で伝えてきた師匠などは低く評価されることになってしまいそうだけれど、それでよいのかなあ。報告書が公開されるならこれも読んでみたい。

开封市武术协会官方网站

なお、栗勝夫所長の経歴は、河南大学の紹介よりも、百度百科のほうが詳しいけれど、武漢体育学院で学んだあと、上海体育学院修士課程に進んでいることは確認できるものの、博士学位を取得しているのかどうかは不明。博士課程の指導教授(博士生導師)のようなので、どこかで博士学位をとられているのだろう。

 

4-2 焦作

同じく河南省の焦作では、焦作市武術協会、市太極拳協会が41名の市の武術名師を発表した。

具体的には以下の各位。土地柄からいって、陳家溝や趙堡鎮の太極拳の旬な人たちだと思われるので、時間があれば一人ずつ調べてみたい。なお、この選考は2年おきに行われる構想らしい。

王庆丰 张富香 王艳琴 张东武 党国俊

王来卿 冯灵芝 谷慧玲 刘连生 李德兴

陈 明 杨建平 职武营 崔黎明 王 叶

张文忠 段春富 唐有福 张喜欢 张令忠

乞 霖 申建军 张绍均 张 瑞 秦旭普

许秋香 祁俊平 朱吾勇 祁俊东 陈自强

朱天诗 祁俊祥 刘见全 张 军 陈有刚

张海利 马德行

sports.eastday.com

 

5.江蘇

中華民国時代に作られた南京の「中央体育場」の一部を構成する「国術場」の修復プロジェクトというのがあるらしい。

 

www.taiji168.com

 

 

「国術場」は、中華民国第五届全国運動会の国術競技や、第二届国術国考の会場になっている。

八卦をイメージした会場をデザインしたのは清華大学卒業の楊廷宝で、清華大学在学中は「技撃部」の部長を務め、学内の武術大会の剣術の第一位になっているらしい。清華大学の武術教師としては形意拳家の李剣秋が知られている。李剣秋は前後30年にわたり清華大学で指導したらしい。

 

李剣秋が学んだ叔祖(父の叔父)の李文豹、父の李雲山(西票号の鏢師であったとも)は劉奇蘭の弟子の李存義、周明泰に学んだ人のようで、李剣秋は8歳の頃からこれらの「家伝」の武術を学んだという。1912年に23歳で天津の中華武士会に学ぶ頃には相当な腕前だったのだろうか、同年、中華武士会が北京分会ともいえる尚武学社を作ると、劉文華、尚雲祥らとともに指導を行い、1913年からは清華大学で武術教師を務めるようになる。以後、30年にわたり清華大学で武術を教えたようだけれど、途中、南京の中央軍校の教官をつとめたりもしており、この間は父親が代行を務めた模様。(以上の情報は『形意拳術』(1920)の自序や、こちらのサイトを参照した。)

 

なお、「国術場」の復元に携わっている冷天氏は武術とは縁のない人らしく、上の記事で「国術場が50年代に荒廃した具体的な理由はわからない」と語っているのがなんだかおかしい。そんなの、国民党と係わりの深い「国術」自体が否定されていたからに決まってるのに。

"国术场"是上世纪50年代开始荒废的,但具体是哪一年、什么原因荒废的,目前还没有查到精确的史料。” 

 

ちなみに、日本との戦争が終わると1945年のうちに国立体育専科学校が天津に移ったようだけれど、1948年に総務主任の龐玉森らは中央国術館再建のための献金を企画、再建に十分な十二万元を集められるめどがたっていたらしい。しかし、これらの献金を得るまえに天津が「解放」され、再建は実現されなかったということが『武術在線』の「天津武术组织」という記事に書かれているのが興味深い。もし国術館がこの時点で復活していたら、その後の中国武術史はいまとは全く違ったものになっていたかもしれない。2018年は、もっとそのあたりを調べていけたらと思う。まだまだ妄想はつづく。

需要注意的是,1948年,庞玉森等为了恢复中央国术馆,在天津还发动了一次建馆基金募捐委员会,托由华生贸易公司总经理毕鸣岐、中西制药厂总经理刘霁岚宴请仁立毛纺厂总经理宋裴卿、大丰面粉厂总经理孙冰如、东亚毛纺厂总经理陈锡三等人,当场认捐十二万元,足够重建中央国术馆。但捐款未到手,天津就解放了。

http://www.chinesekungfu.com.cn/html/1209/38f39fe6-9949-4fd4-bc88-66feae23cdc5.htm

 

〇「国術場」の図面

出典:85岁“国术场”有望首次修缮_中国太极拳精英网

 

清華大学1920年代の体育部教師 前列一番右が李剣秋

出典:1911-1928师资概况—清华大学—百年体育

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〇楊廷宝 代表作は人民大会堂、中国革命歴史博物館、毛沢東紀念堂など

 天安門広場の中央の重要な建築物ばかり

出典:1911-1928培养人才杨廷宝—清华大学—百年体育

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以下は国術場(牌楼含む)の写真が充実したサイトのリンク

 

https://read01.com/zh-my/j5n8j0.html#.WkcDyVVl-Ul

南京这所民国范的大学,藏在紫金山里,却是世界冠军的摇篮!-微众圈