中国武術雑記帳 by zigzagmax

当世中国武術事情、中国武術史、体育史やその周辺に関する極私的備忘録・妄想と頭の体操 ※2015年2月、はてなダイアリーより移行

中国国術と西洋拳撃の対抗戦(1943)

ネットで見つけた高嶋航『「東亜病夫」と近代中国(1896–1949)』京都大学人文科学研究所編『近現代中国における社会経済制度の再編』所収)は、西洋の比喩表現としての「病夫」が、中国では違った意味で受け止められ、尚武や軍国民思想、身体鍛錬による「再男性化」に繋がってゆく過程が述べられていて面白かった(注)。

 

(注)前にもメモしたけれど、中国国内でもそういった議論がある

东亚病夫:国人自己想象出来的民族耻辱_历史频道_腾讯网

 

この論文の中に、『申報』1943年12月24日の、翌25日に行われる中国国術と西洋拳撃の対抗戦についての広告記事が載っていた。

 

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おおっ、これはあの蔡龍雲が出場した伝説の中国武術とボクシングの対抗戦の広告じゃないか?と思ったのだけれど、蔡龍雲が出場したのは、同じ1943年(もう1回は1946年)でも、12月13日のはず(10月13日とか、11月13日と書いている記事もある)なので、日付が違う。

広告記事は、上のほうに「上海第二次公開」と書かれているところも注目される。このことは、蔡龍雲少年の活躍もあり反響を呼んだ12月13日の対抗戦に続けて、すぐさま第2弾「興行」が行われたのではないか、あるいは、もともと第2弾興行が予定されていたのではないか、というようにも考えられる。(12月25日の対抗戦の結果については不詳。高嶋氏が参照したという関西大学アジア文化研究センターの『申報』データベースを見ることができたら、調べられるのだろう。)

 

ちなみに、蔡龍雲が出場した対抗戦について記した笠尾恭二『少林拳血闘録』には

「そのころ上海では中西対抗ボクシング競技会がよく開かれていたが、中国側が負ける方が多かった」(P.42)

 

と出ている。これはあくまでボクシングの対抗戦について言ったもので、国術とボクシングの対抗戦の話ではないかもしれないけれど、上海では、1930年代からプロレスの興行が行われていて写真も残っているので、格闘技の興行自体はそれほど特別のことではなかったのだろう。このあたりも、『申報』データベースなどを利用して当時の資料を丹念にみることができれば、もう少し実態がわかるのかもしれない。

 

なお、いちいち具体例を記さないけれど蔡龍雲が出た1943年の対抗戦を12月13日ではなく、10月13日、11月13日と記している記事が散見される点について、うがった見方をすると、蔡龍雲は1928年11月生まれ(日付は確認できない)なので、対抗戦の時期によっては年齢がかわってくること、つまり「14歳」の蔡龍雲が勝ったことと整合性をもたせるために試合は10月だったことにしているのではないか、という気もしてくる。あるいは、対抗戦が発表された段階では14歳、試合当日には15歳になっていたのに、14歳という認識だけが独り歩きしてしまっているということなのかもしれない。

いずれにしても、上掲の笠尾恭二『少林拳血闘録』は、試合の日時を1943年12月13日としながら、通説に従って当時の年齢を14歳と書いてしまっているのは惜しい。

おそらくは、比較的新しい以下の記事のように1943年12月、当時15歳の蔡龍雲が勝利したというのが正しいように思われる。

qd.sohu.com

 

念のため付け加えておくと、この対抗戦が仮に連続興行で あり、そこに多少なりともショー的な要素があったとしても、自分としては別に蔡龍雲や中国武術の価値が貶められるとは考えていない。(同様に、この対抗戦によってボクシングの価値が貶められたとも考えていない。)

 

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その他、この論文の中では精武体育会の設立を、

 

「(筋肉的キリスト教の影響を受けた)「筋肉的ゲール人」、「男性的ヒンドゥー教」の中国版ともいえるといえた。精武体育会の英語名称「Chinese Athletic Association」はゲール人体育協会「Gaelic Athletic Association」を思い起こさせよう。」(P.389)

 

と書いているところや、 褚民誼について、

 

「国術館が武術を自衛や軍事訓練と結びつけたのに対して、それを体育と結びつけようとする人たちもいた。その代表人物がフランスで博士号を取得した公衆衛生の専門家で、国民党監察委員の褚民誼であった。」(P.402)、「褚は武術と体操を組み合わせた「太極操」という独自の体操を編み出し、中国国内だけでなく、海外への紹介につとめていた」(P.403)などと紹介されているところも興味深かった。

 

出典:褚民誼與太極拳-武术万维网-传统武术社区 - Powered by Discuz!

 

 

筋肉的キリスト教については、このブログでも

19世紀イギリスの筋肉的キリスト教やアスレティシズム、スポーツマンシップから、日本の武士道論を経由して国術魂という流れ」(笑)を無想(妄想)したことがあるけれど、当たらず̪しも遠からずといったところか。

 

zigzagmax.hatenablog.com

 

〇笠尾恭二『少林拳血闘録』

 ちょっと前にブックオフで見つけて入手した。 

少林拳血闘録―歴史に隠された謎に迫る

少林拳血闘録―歴史に隠された謎に迫る