中国武術雑記帳 by zigzagmax

当世中国武術事情、中国武術史、体育史やその周辺に関する極私的備忘録・妄想と頭の体操 ※2015年2月、はてなダイアリーより移行

佐久間貞次郎『支那風俗春秋』など 国会図書館のデジタルコレクション

国会図書館のデジタルコレクションの中から、気になったものを今後の参考のためにメモ。

 

1.佐久間貞次郎『支那風俗春秋』

「五十一 国術」

キーワード「国術」で検索していくつかヒットするなかでほとんど唯一興味深いもの。

著者の佐久間貞次郎は回教研究が専門の人らしい。

以下の論文には「1920年代前半には、佐久間貞次郎が上海でプロパガンダ雑誌『回光』を発行し、イスラーム勢力の中国からの分離を煽動している」とあり、純粋な学者さんだったのかどうかなどよくわからないけれど、あまり立ち入らないでおく。

松本ますみ『アラビアンナイト』と日本におけるイスラーム認識

このブログとしては、彼自身が見聞した武術家や型の名前が具体的に記されているのが興味深い。そんなに長くない文章なので、てにおはを現代文に改めて打ち直して、このメモの最後にはりつけておく。

国立国会図書館デジタルコレクション - 支那風俗春秋

 

 

2.夏目一拳『子供にきかせる蒙古の話』

「第九 武術好きな蒙古人」の章で、モンゴル相撲と拳法についての紹介がある。

 なお、同じ著者に『子供にきかせる支那の話』という本があるようだけれど、こちらはデジタル化はされていない。目次をみる限りでは、武術や拳法についてのまとまった紹介はなさそう。

国立国会図書館デジタルコレクション - 子供にきかせる蒙古の話

 

3.後藤朝太郎『青龍刀:支那秘談』

まだ未読だけど、目次をみるかぎりでは武術に関する内容はあまりなさそう。

後藤朝太郎の著書では、ほかにも『支那長生秘術』『不老長生の秘訣 : 支那五千年の実証』などがヒットする。

国立国会図書館デジタルコレクション - 青竜刀 : 支那秘談

国立国会図書館デジタルコレクション - 支那長生秘術

 

4.内田良平(一元道人)『柔道』

黒竜会の内田良平著作。出版も黒竜会出版部。

「柔道と内外武術の比較」で中国の拳法にも触れている。

国立国会図書館デジタルコレクション - 柔道

 

5.達磨大師原著 吉田正平訳『神通自在:霊肉修養』

これについては以前にも若干メモした。

易筋経と洗髄経が含まれている。訳者の吉田正平は幸田露伴の実兄。

内容に「静功十段」「動功十八勢」が含まれることから、原著は1917年に出版された『少林拳術精義』ではないかと思われる。なお、通常「下部行功法」の篇名が「睾丸と玉茎の功」とあるのは、原書に忠実なのか、訳者の工夫なのか、そこのところはよくわからない。わからないけれど、超イケてる訳だと思う(笑)

国立国会図書館デジタルコレクション - 神通自在 : 霊肉修養

 

◎以前の関連メモ

zigzagmax.hatenablog.com

 

 

6.少林寺関係

当時の貴重な写真が満載。

常盤大定 支那仏教史蹟

常盤大定, 関野貞 支那仏教史蹟. 第2集評解

常盤大定 支那仏教の研究. 第3 

常盤大定, 関野貞 支那文化史蹟. 第二輯

支那文化史蹟. 解說 第二卷

国立国会図書館デジタルコレクション - 支那仏教史蹟

国立国会図書館デジタルコレクション - 支那仏教史蹟. 第2集評解

国立国会図書館デジタルコレクション - 支那仏教の研究. 第3

国立国会図書館デジタルコレクション - 支那文化史蹟. 第二輯

国立国会図書館デジタルコレクション - 支那文化史蹟. 解說 第二卷

 

戦前の日本人が中国の武術や導引養生術をどのようにとらえていたのかを理解するうえでなかなか興味深い情報源だと思うので、これからも気がついたらときどき調べてみよう。

 

◎佐久間貞次郎『支那風俗春秋』の「五十一 国術」

 日本の柔術は、その昔支那人陳元贇の伝授した拳法から換骨奪胎して、発達したもののごとく伝えられているが、この説の是非はしばらく措くとし、支那における拳法なるものが、最近俄かに喧伝されてきて、ここ数年来頻りに復活奨励されているから妙である。

 清朝時代においては、郷間にこの拳法を学ぶもの多く、これを教ゆるものは拳師と呼ばれていた。主として河南、山東および湖北が盛んで一体に北方に行なわれたもので、例の義和団事変の如きも、この拳術を中心に結社した一派のものであるから、あれを拳匪の乱とも称えているのでもわかる。

 元来支那拳術は、南北二派に分かれていて南派は柔を主とし、内家拳という。宋時湖北武當山の張三豊を始祖とするが、宋の太祖趙匡胤が研磨して心得したもので、ついに伝えて常拳門、茶拳門、洪拳門、華拳門、砲拳門の類別があり、各八段功一套があって、功各々異あり、大にしては殺敵すべく、小にしてはよく身を養うというのであるが、この南派すなわち内家拳なるものは畢竟北派から派生したものである。

 すなわち北派というのは、剛を主として外家拳とも言い、梁の武帝の時、菩提達磨が錫を河南嵩山の少林寺に駐めて、いわゆる易筋経、技撃、拳脚等の多套を発明し、その真伝を累代相承け、これを少林派と号したものである。ゆえに支那拳術は、達磨を推して鼻祖とし、少林派はすなわち支那拳術の総匯であるとしなければならぬ。

 もっとも前清時代に拳術といわれたものが、民国以来拳芸となり、今日では更に国術と称されるように、その名称も変わり、内容もまた幾分変化しているのではないかとも思われる。いずれにしても、今日国術として盛行しているものは、内家拳の一種である太極拳というやつで、老幼学ぶべく、強弱みなよろしく。その功効をいえば、小はすなわち却病延年し、大はすなわち疆梁を抵禦し、妙は拙力を尚ばずして、用意を尚び、その動作みな円形を為すにあるというのだから武術とはいうけれど、けだし一種の体操だと思えば間違いない。

 太極拳中十三勢なるものがある。すなわち、掤、履、擠、按、採、挒、肘、靠これを八卦といい、進歩、退歩、左顧、右盼、中定これを五行という。熟練生巧、妙処無窮だというのであるが、要するに重心を穏定して外力の揺(うご)かすところとならざる底の力学的工夫と、その打手歌にいう「彼動かざれば、己れ動かず、彼微動すれば、おのれ先ず動く」といった心理学的契合をもって、要領とするに過ぎないのである。

 民国十八九年頃から、上海や杭州でこの「国術運動大会」もしくは「国術游芸大会」なるものを毎年開催していたようであるが、筆者もかつてその表演を観たことがある。各種の武芸のうち先ず致柔拳社の社員十六人の合演による太極拳を見たが、その斉整変化の態は出手甚だ短くして意すなわち遠く勢止むがごとくにして神ゆかんと欲し。たちまち喜びたちまち怒り、猫の鼠を捉うがごとく、鷹の兎を撃つがごとくとでも形容する以外に、実戦的効果は疑わしいように考えられた。国民政府の要人褚 民誼も太極拳を独演したが、さらに李継勛なるものの少林二十四勢一套を演ずるに至って、その一百零八手頗る精彩あり。手、眼、身、法、歩の五点において周至せざるなく、演じ来りて呼々風を生じ、凄じく元機なものではある。ついで茶拳門の八段功一套また特色あり。両臂骨骸の間、各々声あり。肌膚の堅硬鉄のごとく、虚々実々の動作、ほとんど撃つべき寸隙もないようだが、その終始がいかにも一種の曲芸式(アクロバチック)たるを免れない。

 いわゆる南拳北腿と唱えて、武當派の拳術と、少林派の技撃とは、だいたいにおいて派別されており、ことに少林派の技撃というやつは、むしろ体術と剣術とからの混成というようなもので、筆者のみたうちでも王裕發の春秋大刀、王寶山の黎花槍、朱鸞飛の八卦滾堂刀並びに三節棍、破花槍、八卦槍、六合槍、二龍槍、九節鞭、楊家槍等々、いずれも勇壮活発なことは兎起[骨+鳥]落、電光石火の概があるとでも評しようか。その名称を見ただけでも丁度現今わが国の大衆作家先生達が書きたてる出鱈目剣道の何々流といったものを連想するばかりか、その騰蹈縦趯(とうとうじゅうてき)、飛舞活躍する有様ときたら、真に縦横無尽で、芝居の捕ったりそのままだから恐れ入らざるをえない。

 杜甫の「観公孫大娘弟子舞剣器行」に「霍トシテ羿ノ九日ヲ射テ落スガ如ク,矯如群帝ノ龍ニ驂シテ翔ケルガ如ク。來ルハ雷霆ノ震怒ヲ收ムルガ如ク,罷ムハ江海ノ清光ヲ凝ラスガ如シ」とあるが、国術会長にして往年郭松齢が張作霖に反旗を翻した当時、天津警備総司令であって、郭と通謀していた李景林の武當剣というやつを見るに及んでなるほどと感心した。いったい支那の剣術というのは、すなわち剣を舞わすのであって、李のごときもまた双剣を揮開して軽捷無比、神采奕々の武者振りを発揮し、古へに鴻門において剣を舞わした項荘もかくやとばかりに想わしめるものがあった。明の高青邱も会稽の張憲と飲みながら、銅台の李壮士が剣を舞わすを観て作った舞剣の五言長篇中に「来ル龍ノ淵ヲ出ヅルガ如くク、去ル蛇ノ壑ニ赴クガ若ク、疾キハ驚ク雷山ヲ破ルカト、怒ルハ訝カル風、漠ヲ巻クカト」といい、「忠義ノ盡ク張リ、姦邪ノ胆倶二落ツ、従ハズ玉玦ノ計、定メント欲ス銅盤ノ約」といい、おおいにその舞剣の効果的なところを詩的に礼賛しているけれど、しかも支那人はとかく仙家の道術と関連した超人間的空想を、たぶんにこの拳術ないし技撃に織り込んでいて、いわば水滸伝的武芸を強調する。

 支那拳術や技撃を号して国術となし、これを天下に普及して尚武の気象を養い、百世富強の基礎を樹てようというのが、この数年来の国術大会なるものである。「髦士莪莪、龍虎風雲ノ会二逢フヲ欣ブ嘉賓済済、山川天地ノ心ヲ仰イデ見ル」などなど大会場に対聨を懸けつらねて、おおいに気勢を張っていたが、その術たるや彼らの説くがごとく、はたして絶妙の退寇法たり、殺敵術たるを得るや否や、大なる疑問であろう。

 

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