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中国武術雑記帳 by zigzagmax

当世中国武術事情、中国武術史、体育史やその周辺に関する極私的備忘録・妄想と頭の体操 ※2015年2月、はてなダイアリーより移行

坂出祥伸『「気」と道教・方術の世界』

導引養生

1.

道教とは、永遠の生命への到達を目標として、そのために役立つ科学技術、とくに医学、薬学を重要な要素とする土着的な信仰である(P.125)

 

筆者は、道教についてさまざまな定義があること指摘したうえで、端的に上のように自分の考えかたを示す。

地元の図書館にあった平河出版社の3巻本『道教』の第1巻「道教とは何か」(坂出祥伸も執筆者の一人)では、日本の学者を中心とする13通りの定義が紹介されていて、それぞれに興味深かったけれど、上記の定義は端的でとてもわかりやすいと思った。

 

2.

この本で一番興味深いと思ったのは、『抱朴子』から、師弟関係・口伝による伝授と明師の有り方についてとりあげた以下の部分。

 

 宣帝の時、漢王室の一族につらなる俊才の儒者、劉向が、こともあろうに、たまたま目にした仙書『枕中鴻宝苑秘書』に、神仙が鬼神を使役して金をつくる術が説かれているのを知り、上奏して尚方(宮中の金銀加工所)で実験させた。しかし、莫大な費用を投じたにもかかわらず失敗に終わった。この失敗の原因について、後生の葛洪の説明は興味深い。

 まず、その仙書には金の作り方が書かれてはいるものの、要点は隠されているから、どうしても「口訣」が必要であり、文字についていちいちその解説があって、はじめて作れるのだという(『抱朴子』内篇・論仙。以下、『抱朴子』からの引用は篇名のみ略記する。)

 口訣とは、口伝えの秘訣であり、文面には表せないことを師が口伝えに直接、弟子にこまかく教えるのであろう。

 葛洪はさらにいう。

 

使用する薬物も、たいてい本名を変えているので、その名称のままにすぐ用いるわけにはいかない。劉向の父、劉徳が淮南王の事件を取り調べたときに手に入れたこの書物は、師から授かったものではない。劉向はもともと道術(煉丹術)を理解していないのに、たまたまこの書物だけを見て、すぐに道術の極意はすべて紙上に記されているはずだと思った。そういうわけで、黄金作りは成功しなかったのである。(論仙)

 

 煉丹術にかぎらず、房中術、守一法、黄白法など、道術のあらゆる分野について、葛洪は、その伝授には「口訣」がともない、また師から弟子へと直接に伝授されるべきことを『抱朴子』内篇のあちこちで強調している。たとえば房中術。

 

 もしも口訣による術(房中術)が得られないなら、それを行なうと必ずだれでもみずからを傷(そこな)うだろう。(釈滞)

 

 しかも、道術の伝授を受けるには、すぐれた師(明師)をえらび求め、師と血盟を行なわなければならない。

 

 道家が秘訣として最も重んずるものは、長生法以外にない。それゆえ血盟してこそ伝授されるのであり、しかるべき人でないのに伝授すれば、戒めとして天罰がくだる。先師(鄭隠)は軽々しく人に伝授しようとしなかった。ひたすらに求める人があっても、なおまごころのこもった人を選んで、はじめて教授した。(勤求)

 血盟の儀礼は、まず壇を築き、その上に盟者が集まり、出された犠牲を殺し、その血を盤に盛り、盟者が順にすすって神々に対して誓約するのであり、古く春秋時代に諸侯のあいだで行なわれていたことは、『春秋左氏伝』などに記録されている。

 道術のさかんになった後漢から晋代にかけても、同じ方法で「口訣」の伝授が行なわれていたようである。

 金や玉の札に記された神仙の経典には、重要な言説はたいてい書かれていない。壇に登り、血をすすって誓約して、はじめて口訣を伝える。もししかるべき人物でなければ、たとえ領土や城を割譲したり、部屋いっぱいの金玉をくれたとしても、みだりに教授してはいけない。(明本) (P.236-238)

 

 

 武術とも共通する、師弟関係の有り方や、口伝の重要性など、すでに『抱朴子』に書き尽くされている印象すら受ける。

 「世間に出回っているものなどあてにならない」、「大切なものは自分たちのところにだけ伝わっている。ほかはみんなニセモノ」という口吻など、ああ中国は昔からこうなんだ、と思いたくなる。

 

 このブログは、頭の体操を標榜しており、ときどき突飛な考え方を書いているけれど、いろいろと考える理由・根拠はすべて誰でも入手・アクセスできるような公開資料に基づくことを心がけている。中国には、上記のように、口伝を重視する習慣や、秘密主義的な傾向があること、書物に書いてあることがすべて真実とは限らないこと(もっというと、意識的に嘘を書いているかもしれないこと)など、ある程度理解しているつもりだけれど、「我々の内部の伝統ではこうなっている」ということをいくら言われたところで、部外者には検証のしようがないので、そういった情報は敢えてスルーするようにしている。

その意味では、表に出ている、あまり価値のない情報だけをもとに、想像をたくましくして、断片的なメモをいくつ残したところで、いつまでたっても核心的な部分にはたどり着けないのかもしれない。でも、それは承知のうえと割り切るしかないないだろう。

自分を含めて、世間の人々に誤解されることが問題だと考えるなら、正しい情報を世間に公開していただくしかない。

 

冒頭の引用の続き。

 

葛洪は自分の師・鄭隠との出会いについて、

 

昔、幸いに明師・鄭先生に遇えた。ただ残念にも弟子たる私が愚かなために、先生の深い知識をきわめつくすことができなかった。当時私は門人として拭き掃除にあてられていたが、才識が浅いうえに、年も若く、意思が堅固でなく、俗気が脱(ぬ)けない。それで先生から得たものはあまり多くなかった。(遐覧)

 

と述懐している。弟子入りしたものはみな、薪取り、耕作、掃除、墨すり、代書などの雑用をするのが常であって、その間何も教えられなかったようであるが、しかし一方、明師のありかたについても説明されている。

 

(弟子の)中にはうわっつらだけは道を好んでいるようで、道を信ずるまごころが心から出たものでなくて、求めることがあれば、いつわって腰を低くしてうやうやしくするが、何日かたつと、なまけ心があわられる者がいる。もし明智なる師にあえば、(師は)しばらくは入門してきた者の変わりようをじっくり観察して、長い間ためしてみる。わざと教えないで、その志の堅さを測るのである。すると、こういう(道を信ずるまごころのない)人は真偽のほどがやがて露見し、ついに教えられることがないか、教えられたにしても、(師は)言を尽くし真実を語ってはくれない。(勤求) (P.241-242)

 

 

3.

『中国のテナガザル』のところでメモした華佗五禽戯について、『養生延命録』導引按摩篇に記された動作の現代語訳がのっていたので、参考としてメモ。

虎戯は、両手足を地面に立てて、進んで三たびしゃがみ、退いて二たびしゃがみ、長く腰を引いたまま脚を高くもたげ、天をあおぎみると、ただちにひき返し、四つんばいのままで進んだり退いたりすること、おのおの七回。

鹿戯は、両手足を地面に立てて、項(くび)を引っぱって反顧(ふりかえ)ること左に三たび右に二たび、左右に脚を伸ばす。脚を伸縮すること左に三たび右に二たびする。

熊戯は、正しく天を仰ぐようにして両手で膝の下を抱え、頭を挙げて、左に地を叩くこと七たび、右にも七たび、地面にうずくまり、手で左右に地を押す。

猨戯は、物につかまり、みずからぶらさがり、身体を伸ばしたり縮めたりして上下すること十七たび、脚をその物にかけてみずからぶらさがり、左脚と右脚七たびずつ、(座って)左右の手で脚を抱えること五たび、頭を按(つ)けることそれぞれ七たび。

鳥戯は、手を並び立てて、片足をそりあげ、両臂を伸ばし、眉を揚げて力をこめること、おのおの十四たび、座って脚を伸ばし、手で脚の趾(かかと)をひっぱること、おのおの七たび、両臂を伸縮すること、おのおの七たび。

なお、

 この五禽戯は、ほぼ同じ文が、「華佗広陵の呉普に授く」という撰者名を附した『太上老君養生訣』の五禽第一に「老君曰く」として引用されている。ただし、字句に若干の相違があって、鳥戯の条は『養生延命録』の方が文意不通なので、『太上老君養生訣』に従って訳した(P.179)

 

とのこと。

 

 

「気」と道教・方術の世界 (角川選書)

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抱朴子/列仙伝/神仙伝/山海経 (中国の古典シリーズ 4)

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