中国武術雑記帳 by zigzagmax

当世中国武術事情、中国武術史、体育史やその周辺に関する極私的備忘録・妄想と頭の体操 ※2015年2月、はてなダイアリーより移行

武術の精神?

インターネットでたまたま前後して見かけた二つの記事に触発されてメモ。
一つは、日本武道に造詣の深いアレクサンダー・ベネット氏の講演を文字にしたもの(動画もあったので、動画のほうのリンクを下の方にコピペ)。もう一つは、『全球功夫網』に掲載された、練武の精神とは何か、という文章。
 
それぞれ日本武道と中国武術を題材にしたものではあるけれど、それぞれの立場を代表する見方というわけでは必ずしもなく、たまたま自分が時間的に前後して二つの記事を見たということで、それ以上でもそれ以下でもないのだけれど、ベネットが引用しているように日本武道協議会が、武道の精神を「国家、社会の繁栄に寄与する・・・」という前提はつけながらも、「人間形成の道である」と個人の側にひきつけた定義の仕方をしているのに対して、中国の方は、後段の説明のなかで、個々人の「武徳」ということを挙げてはいるけれど、文章の書き出しで、(中国)武術の精神とは、まず愛国(心)である、と言い切っているところが対照的で面白いと思った。
 
中国武術が、個人よりも国家の価値を上に置くのは、理由のないことではないのかもしれない。梁啓超の「中国之武士道」は、宮崎市定訳の序文以外まだちゃんと読んでいないけれど、「中国之武士道」をとりあげた温力「尚武精神是武術伝統的核心」(注)を改めて読み直してみると、梁啓超が日本を参考に提唱しようとした武士道(尚武精神などと言いかれることが可能)は、明確に「お国のため」という観点が含まれていて、この点が漢代以降の個人の生き方としての任侠とは決定的に異なるのだという。
いいかえると、日本の武士道にもつながる中国の遊侠的精神は、漢代に至って個人レベルの任侠に堕してしまったため、個々人のもつ力(かならずしも武力、という意味ではない)が、国の力にまで高まっていないので、これをなんとかしなければいけない、ということらしい。
 
もちろんこれは、日清戦争の頃の日本を見た清朝の亡命者の観点。あまりに集団の論理を優先させると最後には神風特攻隊のようなところに行き着いてしまうのかもしれないし、戦後の占領期を経て武道がたどった紆余曲折を抜きにして、いまの武道の定義は考えられないと思うし、中国は中国で国術運動から中華人民共和国における唯技撃論批判や文化大革命、改革開放後の競技武術の「畸形発展」を経つつ、オリンピック競技種目化を視野にいれて、大胆に競技スポーツ化が推進されている。このように、武道・武術のあり方はそれぞれ大きく変化しているので、あまり単純化してどちらがいいとか悪いとか、武術・武道とはこういうもの、とはいいきれないだろう。(そもそも、尚武精神と、腕っぷしがつよいこと、武道(武術)の使い手であることと自体、違う次元の話だし。)
 
ちなみに、西洋スポーツの「残心」的なものとして、サッカーの「オフサイド」があると思う。サッカーは時々テレビで試合を見るだけで、くわしいことはよく知らないけれど、オフサイドというのは「待ち伏せという卑劣な行為があったので、今のゴールは取り消します」という考え方だと聞いたような気もする。だとすると、その意味では、西洋スポーツも結果がすべて、とはいいきれないところもあるような気がする。
 
 
 练武的精神是什么
全球功夫网 冷月 日期:2015年06月15日 
全球功夫网 武术的精神,首先是爱国。练武,要具备有武德。“武”是干戈军旅之事;“德”指道德、品德,它是社会意识形态之一,是调整人们之间以及个人和社会之间的关系的行为的准则和规范。它以善与恶、正义与非正义、公正与偏私、诚实与虚伪等道德概念宋计价人们的国粹、宝贵的文化遗产一——武术被世界人民所认识后,逐渐在推向世界的大好形势下,更应该尊重武德、进行武德教育,更应该明白练武是为众人的身体健康。为人类造福的这一宗旨,所以练武要具备有高尚的武德修养,也是当代武术推向世界的时代要求。
要尊师爱友。拳论讲:“学太极拳不可不敬,不敬则外慢师友,内慢身体,心不敛束,如何能学艺”。古代曾有天、地、君、亲、师的提法,把师同天、地、君、亲相提并论,说明了老师的重要地位,只有尊师爱友、虚心好学的高尚品德,才能师徒容洽,学习提高。浇花浇根,教人教心,拳教练一生。听其言,可知其行;观其拳,可知其德;武术中武德居首也。
概括来说中国武术的精神内涵(武道)是包括儒家思想,道家精神,释家修养等内涵。 所谓「文能安邦,武能定国」,充份肯定了习文修武的功效。初则可以启迪童蒙,正心修身,及其成功,小则杀贼平乱,保护乡里,大则安邦定国,造福千万黎民。这才是中国五千年来,所以要求文武合一教育的终极目的,也是儒家思想的教育重点。 中国文化讲究,就是道家追求的最高境界,武术所追求的也是「天人合一」极高超的境界了。武术中,讲人为本。人之一身分为头部,身躯,腿足,为天地人三盘。上盘吸收天然空气,下盘择取地理灵气,中盘保存人初元气,是天地人一气贯通的。所以人生天地之间,一呼一吸,无时不与天地连;一动一静,无时不与天地合。 中国武道讲求的并不是武技的高超,一个好勇嗜杀的人充其量只是个打手,并不被人认为是一个武人;身为一个武人除了武艺的追求,武德的培养更是一个不可忽视的重点。何谓武德?其实就是长抱一颗「仁者之心」;出手是保护自己,而不是伤害别人,出手中拿捏分寸,屈人之兵而非取人生命。
http://www.qqgfw.com/News_1Info.aspx?News_1ID=25609
 
注:人民体育出版社『武術与武術文化』第三章。
  この本は、前著『武術概論』に引き続いて、必読文献だと思う。同意するかしないかは別として、オリンピック競技推進派の代表的論客である、温力の考え方が集約されていると思う。