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中国武術雑記帳 by zigzagmax

当世中国武術事情、中国武術史、体育史やその周辺に関する極私的備忘録・妄想と頭の体操 ※2015年2月、はてなダイアリーより移行

中沢厚『つぶて』

地元の図書館にあった本。

たまたまぱらぱらとめくってみたら、水滸伝などからの引用(注1)もあったりして、面白そうだったので借りて読んでみた。

全編を通じて、子供の遊びから、巨大な投石機を使った戦争まで、石を投げるという行為が紹介されており、とても興味深かった。こんな面白いことを研究している人がいるなんて、羨ましいなあ。

筆者は最終章で、暫定的なまとめとして、これらの行為を、図のような5とおりに分類している(P.296)。

 

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この分類は、中国武術史の教科書に紹介されているような、武術に関するさまざまな事象について整理して考えるうえでも、参考になると思う。

ちなみに、近代以前の中国武術の全体像を考える枠組みとしては、大きく分けて軍隊武術と民間武術の二つに大別されるといわれる。軍隊武術と民間武術の違いを、集団性の高低を縦軸、実戦性の高低を横軸にして大まかに理解すると、

(1)集団性が高くて実戦性が高い領域

(2)集団性が低くて(個人性が高くて)実戦性が高い領域

(3)集団性が高くて実戦性が低い領域

(4)集団性が低くて(個人性が高くて)実践性が低い領域

と考えるとわかりやすいかもしれない。

それぞれの中身を敢えて単純化すると、

(1)は、陣形を組んで集団で戦う場面を想定した技術

(2)は、(戦場に対して?)游場(呉殳『無隠録』)における技術として紹介されているような、一対一で戦うことを想定した技

(3)は、教官や皇帝に見せるための軍事演習のようなもの

といえるかもしれない。

雑技や伝統芸能の要素がはいってくるのは主として(4)の領域になるだろう。まさに玉石混交、昔から良識ある武術家が「花法」であるとして一貫して反対してきたものが含まれる部分でもある。この領域において、実戦とは必ずしも直結しない、高度な身体性(跳躍、回転や、武器のジャグリング)が追求された面があるかもしれない。その一面は、現在の競技武術に受け継がれているという見方もできるだろう。文化という観点からは、ある意味一番おもしろい領域でもある。もっとも、面白がってこの部分だけを見ていると本来の武術を見誤ることになるかもしれないけれど。

 

このあたりの問題意識としては、内田樹の「大相撲に明日はあるのか」という文章を読んで感じたことにも通じるところがある。


ところで、この本では、日本における「石投げ」の起源について、日本古来の習俗と見る説(折口信夫)と外来説があるといい、外来説はさらに、中国伝来説と南方伝来説がある、としている。

中国伝来説として紹介されているのは印東道子氏の説で、その骨子は

一、いわゆる弥生投弾は、スリングによって投げられ、予祝の農耕儀礼としての石合戦に用いられたものと考えられる。

二、この石合戦は、朝鮮半島や中国で盛んに行なわれたものが日本に伝来したもので、弥生時代に稲作と共に、その農耕儀礼の一つとして入ってきたものであろう。

三、日本におけるスリングストーンの出土地の分布から見て、マリアナではなく、朝鮮半島・中国をその渡来経由として想定する。

ということらしい。

これに対して、「弥生時代成立当時の中国・朝鮮に弥生投弾と関連する類例がないという厳然たる事実、日本の古墳時代・飛鳥奈良時代にも投弾に関する考古・文献資料がないという現実の前に、われわれは弥生投弾南海起源説のほうになお蓋然性を認めざるを得ないと思う」という佐原眞氏の反論が紹介されていて、外来説は「まだ大きな未解決の問題を残して」おり、「今後、民族学・人類学、そして民族学の研究が考古学・歴史学の研究に加味され、徐々に解明されてゆくものと思われる」と結ばれている(pp.12-14)。

この本とほぼ同じ頃に中国で出版されている中国武術史の本では、いくつかの考古学上の発掘成果とともに、原始時代の投石活動が、少数民族に今でも見られる狩猟の道具になったり、現代の武術にも流星錘などに受け継がれている、と紹介されているものがある(注2)。あまり専門的なことはよくわからないけれど、こうした発掘成果は、石投げの中国渡来説を補強する材料にはならないのかなあ、などと思った。

 

途中、中国の伝説の獣「囂」(きょう)が出てくる。猿に似たこの動物は、夔(き)ともいい、『山海経』では「石投げの名人」とされているらしい(未確認)。山梨岡神社では「小笹の弓矢と紙の標的を献じて祭る山の神」(P.63)として祭られているという(山梨岡神社は、日本全国でこの神を祭る唯一の神社)。

夔については、ちょっと前に読んだ『中国のテナガザル』でも紹介されていて、中国では、次第にテナガザルの生息地の一つである重慶の夔門という地名に落ち着いてしまったと紹介されていた(すでに記憶があいまい)。この夔を神として祭っている神社が日本にあるというのは面白いと思った。この本では「囂」(夔)については、石投げとの関係でとりあげているだけなのだけれど、そもそも(夔もその一種である)猿(白猿)は、弓の名人である養由基の伝説にも登場するので、山梨岡神社の夔が弓矢を献じて祭っていることとも、どこかでつながっているのかもしれない。

 

最後に、この本とは全然関係ないけれど、以前に訪れた武漢では、正月の石合戦よろしく、旧正月に道の両側でロケット花火を打ち合っていた(90年代初めの話)。また、2010年前後に滞在した重慶では、クリスマスに、風船で作った刀などで通行人が往来で斬りあうというようなことをやっていたけれど、これなどは、この本で紹介されている日本の端午の節句の菖蒲刀の風俗と(菖蒲と尚武の語呂をあわせた日本独自のものだと思われ、因果関係はないはずだけれど)似ているなあ、などと思った。

なお、作者の中沢厚は、宗教学者中沢新一の父らしい。

 

(注1)

水滸伝の中で、石つぶての名人として登場するのは、「没有箭」張清と女将軍の瓊英で、瓊英の夢の中に張清が現れて石つぶての技を教え、のちに二人は実際に出会って夫婦になる。

なお、「銭形平次」は、の投げ銭は、「没有箭」張清からヒントを得ているらしい。

縄田一男『時代小説の読みどころ 増補版』P.17 (2016.4.24加筆)

(注2)

たとえば林伯原『中国武術史』(北京体育大学出版社)は1994年の出版。第一章で投石について紹介されている。

 

つぶて (ものと人間の文化史 44)