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中国武術雑記帳 by zigzagmax

当世中国武術事情、中国武術史、体育史やその周辺に関する極私的備忘録・妄想と頭の体操 ※2015年2月、はてなダイアリーより移行

『ジャッジ・アーチャー (箭士柳白猿)』

2014東京・中国映画週間で鑑賞。上映の前に、映画週間全体のオープニングセレモニーがあり、それに引き続いて、監督であり原作者・武術指導の徐皓峰と主演の宋洋によるトーク(時間の関係で、それぞれに一つ質問をしただけ)があった。仕事の関係でオープニングセレモニーがほぼ終わる頃に会場に到着したのだけれど、当日券は2000円だった。トークはともかく、セレモニー部分は、別に必要なかったので、その分チケット安くしてほしかったなあ・・・というのはグチ。

映画の舞台は、軍閥混乱期の中国。主人公の柳白猿は武術界の対立の仲裁人という立場で、柳白猿というのは落語や相撲の名跡のようなものなのか、6代目だか7代目にわたって受け継がれているという設定になっている。実際に、そのようなポジションを務める流派や個人がいたのかどうかは不詳。対立する当事者同士に、遺恨を棄てて杯を交わさせるシーンが一回だけでてきたけれど、具体的に両者の間に入ってどういう仲裁をするのか、実際のところはよくわからなかった。ただ、仲裁者という立場上、当事者の双方から逆恨みをされる危険が付きまとうということで、柳白猿自身、護身のために高い功夫を身につけているという設定になっている。宋洋演じる柳白猿は、たまたま先代の柳白猿に見込まれ、3年にわたって技を仕込まれたことになっている(ときどき、回想シーンとして、先代に教えを受けている場面が挿入される)。

オープニングのトークでは、徐監督自身が司会からの質問に答える形で、この映画の売りであるアクションは1920年代から30年代ごろ、北方の武館で行なわれていた本物の武術で、香港映画に出てくるような武術とは違います、みたいなことを言っていた。その殺陣は確かに迫力があって、前作の『刀のアイデンティティ』とよりもテンポがよくなっていて見ごたえもあったけれど、役者たちの、技を受けたあとのリアクションがちょっと作り物っぽい感じがした。具体的にいうと、昔の西部劇やチャンバラで、銃を撃たれたり刀で切られた役者がバタッと床に倒れてピクリとも動かなくなってしまうシーンがよくあるけれど、それによく似た感じで、宋洋の技を食らったエキストラたちが、あまりにも簡単に倒れて、うめき声一つあげないで動かなくなってしまうのは、即死したということを表現したいのかもしれないけれど、「はい、この技を受けたら床に倒れてそのまま動かないでねー」というお約束感があって、かえって見所を損ねている気がした。

主人公の描写にもちょっと疑問が残った。たとえば、暗殺者を恐れてベッドの下に隠れて寝るように日ごろから警戒心を怠らない性格のはずなのに、大酒を食らって道端に倒れていて、気がついたら隣で女の人が寝ていたりとか、主人公が人助けのために果物屋の青年に扮して仇を見張る場面は、果物屋にしてはいかにも動きや表情が怪しすぎるなど、人物像としてはいささかちぐはぐな気がした。原作を監督自身が書いているので、小説を読んだらもうちょっと詳しいことがわかるのかもしれない。小説は短編で、インターネットでも無料で閲覧できそうだ(ここなど)。

とはいえ、前作に引き続き仇役の于承恵はいい味出していたし、個人的にはまた見てみたいと思わせる映画だった。
徐監督の別の小説『道士下山』は陳凱歌監督で映画化しているようだ。

京都ヒストリカ映画祭での徐監督のトーク。ここでは座頭市を撮りたい、というようなことを言っている。徐皓峰版座頭市、ぜひ見てみたい気がする。