中国武術雑記帳 by zigzagmax

当世中国武術事情、中国武術史、体育史やその周辺に関する極私的備忘録・妄想と頭の体操 。頭の体操なので、たまたま立ち寄られた方は決して鵜呑みにしないこと(これ、肝要)※2015年2月、はてなダイアリーより移行

飯沼賢司『八幡神とは何か』など

倭寇船八幡大菩薩の旗を掲げていたことと、のちに中国において、八翻、八番を名前に含む武術が生まれてくるのは、なにか関係があるのか、あると考えた方が面白いのではないか、と思っていたところ、たまたま図書館で飯沼賢司『八幡神とは何か』が目に留まったので読んでみた。(最近、文庫版も出版されたようだ。)

この本によると、八幡神は、国東半島、つまり古代ヤマト国家の「国」の「先」、国境に現れた境界の神であり、八世紀初頭の隼人の乱とその鎮圧、対新羅関係の緊張といった歴史の中で次第に確立してきた神様らしい。(八幡神八幡大神八幡大菩薩になるのは、神仏習合した後のこと。)

「境界神」としての性質上、域内における疫病の蔓延を水際で防いだり、外敵との戦いにおける武神であったり、あるいは戦争で命を落とした人々の鎮魂を担ったり、さまざまな役割を果たしてきたようだ。
この本ではあまり詳しく触れられてはいないけれど、外敵との戦いにおける武神としては、その後、東北地方の蝦夷遠征に際しても勧請されている。そのような国境守護の武神が、首都周辺の警備の守護神として岩清水八幡宮に勧請され、源氏一門による崇拝と源氏の勢力の拡大にともなって全国に広がっていった、ということだろうか。

知りたかった「八幡」の語源について、この本の中では、諸説の一つとして、福永光司の説を引いて、唐代の軍事制度を象徴する「八幡・四鉾」制に由来する、との説が紹介されていた。それが面白そうだと思ったので、福永光司の『「馬」の文化と「船」の文化―古代日本と中国文化』にもあたってみた。福永光司は、「八幡」の語は、唐の太宗と名将李靖の兵法戦術に関する問答を記録した『唐太宗李衞公問対』(巻中)で破陣楽舞について言及した箇所で、「前に四表(四つの表(しるし)=鉾)を出し、後に八旛(はちはん=八つの旛)を綴(つら)ね云々・・・」とあるところにルーツがある、としている。この四表八旛は、諸葛孔明の八陣図の四頭八尾の制と重ねあわせられていて、「本来は軍事用語であった」とのことだけれど、ここに紹介されているのは、楽舞の一種であって、「唐代の軍事制度」というのとはちょっと違う気がするけれど、言葉の由来としてはこのあたりから来ているのだろうか。

八幡神の正体について、福永光司は、八幡神が託宣の中で、東大寺の大仏建立の際「天神地祇を率ゐいざないて(大仏建立を)必ず成し奉る」と語ったことなどをひきつつ、もと唐土の神であって、このように諸神に指令を下す権限をもつ点から、八幡大神のルーツは道教の最高神・玉帝であると断定して大過ない、としている(P.212)。

福永光司の説で面白いと思ったのは、聖武天皇に限らず、歴代の天皇北魏の制度を手本としており、そのことは「平安京」という名前や、「神亀」、「天平」、といった年号、天皇の親衛隊である「源氏」制度の創出などにもわたるという。源氏が八幡神を祭ることの意味も、一連の流れの中で説明される。だとすると、八幡神と源氏の関係も、上に書いたような説明とは違ったものが見えてくる。

その説自体については、あまりにもスケールが大きくて深入りすることはできないけれど、北魏にならった騎馬戦術の導入といっても、源氏が乗っていた馬は歴史ドラマで見るようなサラブレットではなくてポニー程度の大きさでしかなかった(河合康『源平合戦の虚像を剥ぐ』)というし、福永説でいう馬の文化六点セットのうち、儒教の採用による「群生の統治」((2))と、同じく儒教学者による皇帝権力の宗教的神聖性の弁証((3))のふたつ、北魏の皇帝権力の根幹にかかわると思われる要素はなぜ日本には導入されなかったのか、やや説明不足のようにも感じられる。

・・・と、いろいろわからない部分はあるものの、とりあえず源氏の興隆とともに、唐土にその起源をもつ武神としての八幡神信仰が日本において全国的に広がり、倭寇によって中国に逆輸入された、という程度に理解しておこう。相変わらずいい加減で大雑把な理解だけれど、面白いからこれでいいや。

なお、『キン・フー武侠映電影作法』のインタビューの中で、キン・フー監督は、明代に地方で盗賊を捕らえる任にあたった兵士、捕り方のことを「翻子(ファンズ)」といい、「この捕り方は、これは歴史的な事実ですが、すべて倭刀〈日本刀)を使っていました。朝廷では毎年三万本を輸入して彼らに支給していました。奈良からです。日本から買ったんです。資料もあります。・・・」と述べている。明代の捕り手を翻子と言う、なんて、武術史の本で読んだ記憶はないけれど、やはり翻子拳(「八番」手)という名前には、「倭」のイメージがつきまとっている気がする。引き続き、どこかにヒントが無いか探してみよう。

八幡神とはなにか (角川選書)

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「馬」の文化と「船」の文化―古代日本と中国文化

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源平合戦の虚像を剥ぐ (講談社選書メチエ)

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キン・フー武侠電影作法

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