中国武術雑記帳 by zigzagmax

当世中国武術事情、中国武術史、体育史やその周辺に関する極私的備忘録・妄想と頭の体操 ※2015年2月、はてなダイアリーより移行

武術の郷における段位制普及についての指導意見

7月11日、国家体育運動総局の武術運動管理中心が、全国の「武術の郷」に対して、段位制度の普及に関する「指導意見」を発表した。どの程度の強制力をもつものかはわからないけれど、今後10年間、毎年少なくとも100名の指導員を養成し、5回以上の研修を開催して2000人以上を参加させ、1000人に段位を取得させるように求めており、実質的にはかなりノルマを課しているのに近いようだ。

このことについては、いろいろな見方ができると思うけれど、官方武術界は、武術の「標準化」推進を目指していて、その過程においてすべての伝統武術を残せなくても止むを得ないという考えを示していることも考えると、このように「段位制」の普及が求められることは、民間にとって必ずしも歓迎すべき事態ではないようにも思われる。

何度かメモしてきたけれど、非物質文化に認定された地方拳種も、後継者の育成や底辺の拡大が必要とされているなかで、見方によっては、そうした動きに水を差す形で(「民間武術」とある意味では相入れない)「官方武術」の一角をなす「段位制」の普及に注力が求められることの意味と、それによって生じるであろう結果については、冷静に見極める必要があるだろう。

スポーツ行政の主管部門である国家体育運動総局およびその一部である武術運動管理中心にとっての関心事は、スポーツとしての武術の底辺拡大であって、伝統文化としての地方の民間武術の保存など、そもそも自分たちの仕事であるとは考えていない可能性もある。あるいは、伝統武術フェスティバルやら農民武術大会という形で定期的にお祭り的な行事をやって関係者を喜ばせておけばいいと考えているのかもしれない。

などなどと思っていたら、読み直していた宮崎市定水滸伝 虚構のなかの史実』に以下のような記述があった。これは、天子のブレインたちの仕事は、唐代までは世間の具体的な出来事に関するものではなくて、陰陽を司ることであったことの例として挙げられている例であって、ここに並べるのは適当ではないかもしれないけれど、民間武術の保護など、文化部にまかせておけばいいという発想にもつながるような気がするので、とりあずメモ。

・・・漢の丞相の丙吉が町を歩いている時、殺人事件直後の現場を目撃したが、何も言わずに通りすぎた。すぐあとで馬を引いてきた男にあうと、こんな質問をした。
「この牛は苦しそうな息使いをしているが、今までどれほどの道のりをやってきたのかね」
丙吉の従者の中で智恵のありそうなやつが、丙吉に尋ねた。大臣さまは人間よりも牛の方が気にかかるらしく見えますが?平吉の答えが面白い。
「殺人事件の方はちゃんと警察という受持ちがある。ところでいま春だというのに牛の苦しそうな息遣いを見て陽気はずれの暑さのせいかと気がついたのだ。陽気が順調でないのは、この大臣の責任じゃ」(P.111-112)


水滸伝―虚構のなかの史実 (中公文庫)

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