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中国武術雑記帳 by zigzagmax

当世中国武術事情、中国武術史、体育史やその周辺に関する極私的備忘録・妄想と頭の体操 ※2015年2月、はてなダイアリーより移行

蘇東披『石鐘山記』

蘇東披に、「石鐘山記」という一文がある。
原文はあとに示すとおり。全文を日本語に訳す力はないけれど、かいつまんで要点を記すと次のとおり(中国語の個人サイトでは、現代語訳が示されているものもあり、参考になる)。

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『水経注』で、[麗+「おおざとおおざと」]道元が、石鐘山に、ふしぎな音を出す石があると注していて、後世の士大夫たちはみなそんなことがあるかと疑っていた。唐の頃、李渤がここを通りかかったときに、謎がとけた、と主張した。
あるとき、自分(蘇東披)は地方に赴任する息子を見送ったときに、たまたま石鐘山をとおりかかり、実際に自分の目で見て確かめて、はじめて昔の人の言ったことは嘘じゃなかった、ということがわかった。このように、実際に自分の目でみないで勝手に臆断を下すのはよくない。李渤が自分が目にした範囲だけで勝手に判断をして、謎が解けたと豪語したのは嘲笑すべきだが、地元の水夫たちは記録しようにもその能力がなく、実際に見た人はきわめて簡単な記録しか残してくれないのはなんとも残念なことである。

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ここでこの文章について触れたのは、『手臂録』で呉殳が槍法で「脱化し尽くしたもの(脱化尽者)」は、この石鐘山の奇観のようだ、といっているから(巻四「古論注」の「他法行、随法行」)の項)。

「脱化し尽くしたもの(脱化尽者)」という言葉はわかりにくく、「他法行、随法行」はもっとわかりにくけれど、「他法行、随法行」について、呉殳は別の箇所(巻二「馬家槍二十四勢法図」の冒頭)では次のように述べている。

行槍には勢あるべからず。勢はすなわち死んだ法であり、胸中に存すれば、心は霊活に変化できない。
ましてや、農夫相手には益あるも、使い手(会家)が相手では損をする。古訣に「他法行、随法行」というのは、まさにこのことを言っているのである。

行槍不可有勢、勢乃死法、存於胸中、則心不霊変。況勢遇莊則得益,遇會家則受損。古訣云:「他法行,隨法行。」正謂此也。

そのことから考えると、呉殳のいうところの「脱化し尽くしたもの」とは、固定的な勢法の運用にとらわれることなく、自由自在に技が運用できる境地に至ったものという意味になると思われる[注]。

武術に限らず、超絶した技の世界というのは、本当にあるのだと思うけれど、実際にそこに到達した人は、ごく簡単な記録しか残してくれず、世間一般に関心をもたれることのないまま、そのほとんどは埋もれてしまうものなのだろう。ときどき、古人の境地に至ることができたと主張する人間が出てくるけれど、一知半解で勝手な解釈をしているのかもしれず、結局は、実際に自分が近づいてみる努力をしないと正確なことは判断できない。凡人がいくら努力したところで、達人の世界を垣間見られるという保証はないけれど、・・・。さあ、練習するか・・・。

  《水经》云:“彭蠡之口,有石钟山焉。”郦元以为下临深潭,微风鼓浪,水石相搏,声如洪钟。是说也,人常疑之。今以钟磬置水中,虽大风浪,不能鸣也,而况石乎?至唐 李渤始访其遗踪,得双石于潭上,扣而聆之,南声函胡,北音清越,桴止?技腾,余韵徐歇。自以为得之矣。然是说也,余尤疑之。石之铿然有声者,所在皆是也,而此独以钟名,何哉?

  元?悪七年六月丁丑,余自齐安舟行,?疔临汝,而长子迈将赴饶之紱兴尉,送之至湖口,因得观所谓石钟者。寺僧使小童持斧,于乱石间,择其一二扣之,硿硿焉。余固笑而不信也。至其夜,月明,独与迈乘小舟,至绝壁下。大石侧立千尺,如猛兽奇鬼,森然欲搏人;而山上栖鹘,闻人声亦?唱起,磔磔云霄间;又有若老人?搭且笑于山谷中者,或曰:“此鹳鹤也。”余方心动欲还,而大声发于水上,噌吰如钟鼓不绝,舟人大恐。徐而察之,则山下皆石穴罅,不知其浅深,微波入焉,涵澹澎湃而为此也。舟回至?姶山间,将入港口,有大石当中流,可坐百人,空中而多窍,与风水相吞吐,有窾坎镗鞳之声,与向之噌吰者相应,如乐作焉。因笑谓迈曰:“汝识之乎?噌吰者,周景王之无射也;窾坎镗鞳者,魏庄子之歌钟也;古之人不余欺也!”

  事不目见耳闻,而臆断其有无,可乎?郦元之所见闻,殆与余同,而言之不详。士大夫终不肯以小舟夜泊绝壁之下,故莫能知;而渔工水师,虽知而不能言;此世所以不传也。而陋者乃以斧斤考击而求之,自以为得其实。余是以记之,盖叹郦元之简,而笑李渤之陋也。

http://zh.wikisource.org/wiki/%E7%9F%B3%E9%90%98%E5%B1%B1%E8%A8%98

[注]ただし、槍の修行者の境地について、呉殳は「槍法微言」で六段階(神化、通微、精熟、守法、偏長、力闘)に分類していて、その分類には当てはまらない。