中国武術雑記帳 by zigzagmax

当世中国武術事情、中国武術史、体育史やその周辺に関する極私的備忘録・妄想と頭の体操 ※2015年2月、はてなダイアリーより移行

「太極拳発源考論」(鄭州大学体育学院中原武術文化研究中心HPより)

 中原武術文化研究中心に掲載されている論文。なにかの手違いで、作者の名前が落ちてしまっているようだけど、鄭州大学体育学院中原武術文化研究中心の研究者と、南京大学歴史学部の研究者が共同で執筆したもののようだ。
 少し前にメモした王広西氏の論文では、太極拳系と武當拳系の関係を王氏がどう考えているのか理解できなかった。この論文の執筆者(の一人)が王氏と決まったわけではないけれど、同じ鄭大中原武術文化研究中心ということでは参考になるかもしれない、と思いつつメモ。

 その点に関してまず結論から記せば、この論文の作者は、太極拳系と、武當拳系の間に関連性を見出していない。

 本論は三つの部分に分かれている。

 最初の部分は、張三豊(峰)に関する検討部分。宋の張三豊、明の張三豊に関する記載を検討し、いずれも拳法と関連する記載はないと述べる。このあたりは、従来の説とあまり変わらない気がする。

 第2の部分では、武當拳の形成が、少林武術の形成を有る意味前提としていることから、少林武術、とりわけ拳術の形成時期について検討がなされる。そして、少林拳術の成熟を象徴する「易筋経」の成立時期および、兪大猷『剣経』の記述等から、少林拳術の成熟を明末清初と推定し、内家拳の成立はそれ以降のことであると述べる。

 第三部分では、いよいよ太極拳と武當拳系の関係について述べられている。
 作者によれば、黄百家は「内家拳」の拳路は主に「通背」、「斗門」、「仙人朝天式」、「抱月」、「揚鞭」、「煞褪」の六路と十段錦の二つの套路であり、その拳法の要領は、「敬」、「緊」、「経」、「勁」、「切」などの(ここで、いつつ並べているのに何故「など」と言うのかは不明)「五字心法」によって示されるが、これらの套路、要訣は現存する太極拳流派のそれと一致しない。
また、この「五字心法」は七十二跌、三十五拿から総括したものだが、七十二跌、三十五拿は少林のものであると述べる。
いま、これらの論点を仔細に検討する余裕はないけれど、河南省を中心とする研究者たちの立場として興味深い。

 黄百家の『内家拳法』について、手近な資料としては笠尾恭二『中国武術史大観』がある。やはりこの本は資料的価値が高い。