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中国武術雑記帳 by zigzagmax

当世中国武術事情、中国武術史、体育史やその周辺に関する極私的備忘録・妄想と頭の体操 ※2015年2月、はてなダイアリーより移行

李自力『日中太極拳交流史』

李自力老師の博士論文をベースにした著作。

第2章では、中華人民共和国において、太極拳の「普及」と「競技化」がすすめられるなかで、太極拳の本質が徐々に失われてゆくことに対して、率直な不安が記されている。
自ら書かれているように筆者はJOCの強化チームコーチとして、いわば日本の競技太極拳の最前線でコーチを務められている方だけれど、そういう立場の人が、太極拳の先行きについて不安を感じているということを知って、(妙な話ながら)自分は少し「安心」した。

逆に、金メダルをとるのが最重要課題とばかりに、得点にならない要素を切り捨てるような人じゃなくてよかったと思う。

この本に序文を寄せている稲垣正浩教授の研究には、地元の図書館に『スポーツ学選書」シリーズがおいてあることもあり、少し注目していたのだけれど、その中(具体的には『身体論―スポーツ学的アプローチ』)で太極拳が「瞑想的身体技法」と分類されていて、競技スポーツ化が進行している太極拳の実情にはややそぐわないという印象があった。
その意味では、いつのころからかは知らないけれど、この研究チームに李老師が加わっていることは、このスポーツ、身体文化研究の大御所が太極拳中国武術を見る視点を深めることになり、大変有意義なことではないかと思う。(稲垣教授のブログを見る限り、稲垣教授は李老師に七年ほど太極拳を習い続けているらしい。)

日中国交回復前後から、武術太極拳連盟設立までの歴史をあつかった部分などはよくまとまっていて、資料的価値も高いと思う一方、太極拳の歴史等については安易に通説に依拠してしまっていると思われる部分がなくもない。

こうした人脈の中で、より幅広い見地から太極拳中国武術の研究が進むことを期待したい。

疑問に思った点を2点

本書では、「太極拳」、「武術太極拳」、「武術」(または「中国武術」)の区別が明確でないため、やや議論が、中国武術全般の話になったり、太極拳の話になったり、行き来している印象を受ける。
武術太極拳という言葉が中国武術全般をさす日本独特の文脈も含めて、最初にきっちり説明しておいたほうがよかったのではないかと思う。

もう一点。
本書では、日本武術太極拳連盟のシステムが中国にとって参考になる、としている。日本のシステムは、競技武術を中心とした普及と競技実施という点では確かに参考になると思われる。実際、日本連盟が長拳3種の普及のためにカンフー体操を編集し、入門長拳、初級長拳、B套路、A套路という競技・普及体系をつくっていることは、(そのこと自体の評価はさておき)中国がいま「段位制」でやろうとしていることをある意味先取りしたといえるかもしれない。
ただ、日本連盟においては、伝統武術の扱いはやや中途半端になっており、やや取扱に窮しているという印象を受ける。
日本連盟の中に伝統武術委員会が成立したのかどうかは不明だが(2002年の段階では、まだ将来の設置に向けて「何年度に立ち上げるかの目標を設定し、事業計画や人選について継続的に検討を進める」(P.149)段階に過ぎない)、競技会における伝統武術競技の位置づけを含め、まだまだ試行錯誤の段階にあるといえるかもしれない。
(個人的な見方では、「流派武術」である「伝統武術」と、「競技武術」の一部である「伝統拳」を十把一絡げにしてしまっている感があると思う。)
他方、北京オリンピック後の中国武術界の直面している問題のひとつが伝統武術の再評価、継承問題だとすると、果たして日本連盟のスタイルが、中国武術界の改革にどれだけ有効であるのかはいささか疑問である。
散打についても、日本連盟における位置づけはよくわからない。

稲垣正浩教授のブログ

日中太極拳交流史 (スポーツ学選書)

日中太極拳交流史 (スポーツ学選書)