中国武術雑記帳 by zigzagmax

当世中国武術事情、中国武術史、体育史やその周辺に関する極私的備忘録・妄想と頭の体操 ※2015年2月、はてなダイアリーより移行

『太極拳が教えてくれた人生の宝物 中国・武当山90日間修行の記』

書店でたまたま見かけて購入しました。
著者についての予備知識はまったくなく、表紙の写真から見た第一印象はむしろキワモノ?というものだったので、「参考用に、絶版にならないうちに買って置こう」という程度の気持ちでしたが、中身はなかなか面白かったです。

著者と自分はほぼ同世代ですが、日本社会で生活の傍ら武術の稽古を続けていくには、やはりいろいろな悩みがあります。

考えるな。ただ稽古しろ。稽古さえ続けていれば求めるものは「向こうからやってくる」(P.218)という師匠(G老師)のことば、それは「拳打万偏、其理自現」という拳諺と同じで、知識としては知っていましたが、やはり説得力があります。

著者が帰国する少し前、G老師にお世話になった礼を述べると、老師は「君は助けを必要としている。だから助けるんだ」と答え、「もしかしたら、前世のどこかで、君が師匠で私が弟子だったのかもしれない。あり得なくもない話だ」とつぶやく。このG老師、口絵の写真で見るととても若いようですが、人間観察がとても鋭く、練習には厳しいのですが、酒を飲むとテーブルで酔いつぶれてしまったりして、なかなか魅力的な人物です。

この本、以上のような点を含めて、90日間の滞在を通して師匠の交流のなかで得た教えをひとつひとつ、著者が芸術家の感性で解釈し、自分のものにしてゆくところが魅力だと思います。そして、こうした教えを胸に、結局最後は一人ひとり、自分にとっての壁を乗り越えてゆかないといけないと自覚されるところにとても共感しました。

「師匠を喜ばすようなことはしてくれるな。一番大事なのは、君自身がどう感じているか、どういうふうに稽古を進め、それに納得がいっているかどうかなんだ。周りを意識して行うような行為はいらない。師匠に関心してもらうための行為はいらない」(P.236)

音楽修行を通して、著者はおそらく、武當山に行く以前から「表面的な技巧の向こう側にある何か」(これは自分の言葉です)こそが大切だということに気づいるのでしょう、そのせいか、90日の武術修行の経過について、技術的なことはほとんど記されていません。その意味では、武當派武術についての体系的な知識の一部でも垣間見られるものと期待して読むと、やや肩透かしを食った気になるかもしれません。が、この分量でそこまでのぞむのは高望みというものでしょう。技術的なことを何一つ言わないことによって、著者の言いたいことが逆にクリアになっているようにも思います。

一つ疑問だったのは、著者が学んだ学校のHPは公開されていて(後記)、本書の冒頭に写真が掲載されているG老師のプロフィールも紹介されています。その意味ではなぜイニシャルを使ったのか、やや理解に苦しむところです。

疑問を呈したついでに一つ不満を記しておくと、この本は著者が武當山の武術学校で「八卦掌」を学んだことについて書かれているのに、なぜかタイトルは「太極拳が教えてくれた人生の宝物」になっています。著者というより、出版社が「太極拳八卦掌もたいして変わらんだろう。だったら太極拳にしといた方が売れる」とでも考えたのでしょうか。まったく余計なことをしたものです。

武當道教功夫学院のHP
ドキュメンタリー「国家地理」武林探密シリーズの動画
太極拳が教えてくれた人生の宝物~中国・武当山90日間修行の記 (講談社文庫)